武漢都市封鎖から半年 「いまだ死への恐れ」 続く差別や不安との闘い

2020年7月24日 06時00分

15日、中国湖北省武漢市で、外食を楽しむ市民

 新型コロナウイルスの感染が世界で最初に拡大した中国湖北省武漢市が、都市封鎖をしてから23日で半年。感染は収束し、街は日常を取り戻しつつある一方で、3000人以上が亡くなった記憶は簡単には拭い去れない。市民らは今も続く偏見や差別とたたかいながら、復興に向けた歩みを進めていた。(武漢で、白山泉、写真も)

◆全市民検査「世界で一番安全」

 今月中旬、市内の公園では高齢者が社交ダンスを踊り、飲食店のテラス席では大勢の客が焼き肉を食べていた。親子連れも楽しそうに会話を弾ませている。
 「今の武漢は世界で一番安全だと思う」。男子大学院生(24)がスマホアプリの健康コードを見せてくれた。市が5月、全市民1000万人を対象に実施したPCR検査の「陰性」結果が示されていた。
 検査で感染者は完全にあぶり出されたはずだが、会社員の女性(32)は「街を歩く人や地下鉄に乗る人は6割程度。やっぱり怖がっている人は多い」。国有企業に勤める李楠楓さん(33)は「全員検査して安全なはずなのにマスクを外せない。死を恐れる気持ちが残っているからだ」と話す。
 市内での感染は収束したが、今も「武漢人」というだけで差別を受ける。6月に大学を卒業した女性(22)は上海の企業の面接を受けたが「武漢出身」と伝えると不採用を告げられた。経済に勢いのある沿岸部に出て就職したいという気持ちはもうなくなったという。

13日、中国湖北省武漢市で、最初の集団感染が発生し封鎖された華南海鮮卸売市場

◆情報統制に細心の注意

 重症患者を受け入れるために郊外に突貫工事で建設した「雷神山医院」。患者はもう一人もいない。閉鎖した敷地の壁には医療関係者の奮闘をたたえるパネルが並び、「ウイルスとの闘い」の記録が刻まれていた。
 一方、最初の集団感染が発生した市中心部の華南海鮮卸売市場も閉鎖され、青いフェンスで囲われていた。近くをスマホを見ながら歩く人が通るとフェンスの中から筋骨隆々の警備員が現れ、スマホの画像をチェックしていた。
 市場の2階にはメガネ問屋街があり、通常営業しているのが見えたが、警備員から「感染の危険があるから市場には近づくな」と警告された。取材した市民の多くが「ウイルスは米国から持ち込まれた」と疑いなく口をそろえた。情報統制に政府が細心の注意を払っている様子が垣間見えた。

◆人生を考える機会に

 この海鮮市場の近くで居酒屋を経営する陳竜さん(30)はまだ営業再開に踏み切れない。「営業しても売り上げが立たず、従業員の給料も払えない」という。
 陳さんは医療ボランティアとして多くの死に直面した。助けを求められながら救えなかった人もいる。そのトラウマ(心的外傷)に加えて、将来への不安も強いが、立ち止まって人生を考える機会になったとも思う。「今まではできなかったことを勉強し、見識を広げる時間ができた」。そう話す陳さんは今、新たな事業の投資計画を練っている。
 女子大学生(22)もコロナ禍を経て意識が変わったという。「今まではお金をたくさん稼ごうとしていた。でも今は命が一番大事だと考えるようになった」。メーカー勤務の女性(32)は残業代の減少を補うためにオンライン教育のアルバイトを始めた。景気は悪いし差別もあるが、「生活しなければいけないから。武漢人はたくましいのです」と笑った。

 新型コロナウイルスの武漢市での感染 昨年12月31日、武漢市は原因不明の肺炎患者がいると発表。市中心部の華南海鮮卸売市場で集団感染が起きているとした。感染を抑え込むため、市は1月23日に交通を遮断する都市封鎖に踏み切り、4月8日に解除した。5月には約9億元(約137億円)を投じて全市民1千万人を対象にPCR検査を実施した。これまでの市の感染者数は5万340人。死者は3869人。トランプ米政権はウイルスが武漢市の研究所から流出したとの見方を示し、中国政府は否定している。

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