<カジュアル美術館>銀ヤンマ(東京全図考) 岡本信治郎 東京都現代美術館

2020年7月26日 07時13分

1983年 アクリル・カンバス 181・8×227・3センチ

 鮮やかに、裏切られた。絵を遠くから眺めると、オレンジと淡い緑の対比が美しい。パステルカラーのハンカチのようだ。少し近寄ると、これはトンボが飛んでいる絵だな、と思う。そして間近で見ると…。
 見えてくるのは、東京の古地図。トンボは、米軍の爆撃機B29に豹変(ひょうへん)した。上空から俯瞰(ふかん)する市街地に無数の線が降り注いでいるのは、焼夷弾(しょういだん)なのか。これは下町を焼き尽くし、九万五千人超の命を奪った東京大空襲の絵なのだ。
 作者は今春、八十六歳で逝去した岡本信治郎。東京・神田生まれ。小学六年の時、約五十キロ離れた埼玉県の疎開先で空襲を目撃した。猛火の中、轟音(ごうおん)とともに巨大な火柱が立ち、白い光を放ったのを見た。その後、東京大空襲は生涯のテーマとなった。
 それにしても気になるのは、羽に書かれた「銀ヤンマ」の文字。どこか人を食ったユーモアを感じる。
 「とてもクールな絵です。戦争を扱っているのに、どこにも悲壮感がない」と東京都現代美術館の学芸員、藤井亜紀さんは解説する。「トンボでも爆撃機でもいい。重層的なイメージを、自由に面白がってほしいと考えたのでは」

「ころがるさくら・東京大空襲」  (2006年) 2020年東京都現代美術館での展示風景 撮影・柳場大

 赤、青、黄の原色を多用し、細かい線でびっしり描かれた「ころがるさくら・東京大空襲」も同じだ。白い十字はB29。赤い涙型の模様は、焼夷弾なのか。ポップな画面に、死の気配が漂う。楽しげなだけによけいに恐ろしい。相反する要素が共存するのはなぜ?
 岡本はかつて、自分たちの世代を「不信の時代」と表現した。戦中は軍国少年。敗戦前日まで、竹やりで米兵を殺す訓練をしていた。だが「一億総玉砕」と叫んでいた校長は、玉音放送の翌日に「民主主義社会の建設を」と言い始めた。捕虜になるぐらいなら死ぬべきで、特攻隊で若者が大勢死んだ。それが今度は「国体護持」だった。少年は「きったねえな」と思った。
 だからこそ「単なる悲劇的な意識で空襲をとらえるのではなく、喜劇でもあるし悲劇でもある」という視点に立った。戦争と平和は「対立概念ではない」とも。核兵器だけでなく、環境破壊で人類の危機が叫ばれる現代。戦争と平和は連続し、混じり合っている。描こうとしたのは近代とは違う、新たな戦争画なのだ。
 美術館からの帰り、どこまでもまっすぐ続く道を歩いた。焼け跡を整備した道路なのではと気付いて、ハッとした。ここもかつて、東京大空襲で焼失した下町だった。足元がぐらりと揺れる気がした。
◆みる 東京都現代美術館(江東区)=電03(5245)4111=は都営大江戸線清澄白河駅徒歩13分、東京メトロ半蔵門線同駅徒歩9分、東西線木場駅徒歩15分。本欄の2作品は「MOTコレクション いま−かつて 複数のパースペクティブ」で9月27日まで公開中。午前10時〜午後6時開館。月曜休み。コレクション展のみの入場料は一般500円、大学生・専門学校生400円、高校生と65歳以上250円、中学生以下無料。
文・出田阿生
◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の最新ニュース

記事一覧