東京五輪・パラリンピックの行方

2020年7月27日 08時09分
 オリンピックは開催できるのか−。新型コロナウイルスの影響で来年七月に延期された東京五輪・パラリンピックをめぐり、このような疑問が沸き上がっています。本紙が六月下旬に行った世論調査では「中止・再延期」を求める回答が半数を超えました。その中で問われる五輪のあり方、そしてスポーツの価値を、ノンフィクションライターの木村元彦さんと考えます。 (聞き手・鈴木遍理)

<モスクワ五輪> 1980年7月19日〜8月3日、共産圏、社会主義国では初の五輪としてソ連の首都で開催された。ただ、当時のソ連のアフガニスタン軍事侵攻に抗議した米国がボイコットを主張し、日本政府も追随。JOCは80年5月24日に臨時総会で不参加を決め、西ドイツ、韓国なども参加しなかった。政府の決定に従わなかった英国やフランス、イタリアなどは参加した。

◆政治、商業主義と一線を ノンフィクションライター・木村元彦さん 

木村元彦さん

 鈴木 本来なら東京五輪は今月二十四日に開幕していた。今ごろは各スタジアムに歓声があふれ、メディアも五輪一色となっていたはずです。それが一八九六年からの近代五輪では初めてとなる延期となり、さらに来年の開催すら危ぶまれる事態となっている。五輪史上で例がない現在の状況を、どのように受け止めていますか。
 木村 延期が決まったのは三月二十四日です。それから六日後には新たな日程が発表され、五輪は来年七月二十三日、パラリンピックは八月二十四日に開幕することになった。ところが、これらの決定プロセスが全く不透明だった。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と安倍晋三首相、小池百合子都知事らとの会談で延期を決めた場に、同席さえもしていなかった。このようなおかしなプロセスを、メディアにはもっと追及してほしかったと思います。
 鈴木 延期は最終的にバッハ会長と安倍首相の間で決められた。口ではアスリートファーストと言いながら、アスリートの代表であるJOCの会長は会談に同席せず、政治主導の決着と言わざるをえない。日本体育協会(現日本スポーツ協会)の内部組織だったJOCは日本がボイコットした一九八〇年モスクワ五輪= 参照=の反省から独立法人となり、政治と一線を画して五輪の理念を追求する組織となったはずだった。逆戻りしてしまったともいえるのでは。
 木村 JOCの状況は八〇年の時より悪いかもしれない。当時は東西冷戦という政治によりボイコットに発展したが、商業五輪となった現在はマーケット至上の新自由主義にからめ捕られている感じがする。今回の延期にしろ、IOCは膨大な放映権料を支払ってくれる米放送局NBCにお伺いを立てなければ決められなかった。そんなテレビ局の意向で五輪を真夏にしか開催できないことも問題です。今は選手の声を吸い上げるアスリート委員会もあり、選手の人権などに関しての枠組みはモスクワ五輪の時より増えている。それが商業主義優先の中で、都合のいいアリバイにされているのが実情ではないか。
 鈴木 世界各地の感染拡大が収まらない現状では、今後はますます東京五輪開催の是非を問う議論が白熱すると思います。延期にかかる三千億円以上とされる費用に関しても、現時点で東京都と国はそのうち二千億円以上を負担する必要がある。これに対して都や国は五輪を簡素化して費用を抑えるというが、具体策はほとんど出ていません。自粛により経済的に困窮する人たちが相次ぐ中で、そのお金を新型コロナ対策に回すべきだという声が出るのは当然だと思われます。
 木村 お金がかからないコンパクトな大会と言って招致した東京五輪なのに、どんどん血税による費用負担が前提の話になっている。まずはコロナ禍での選手やスタッフの安全確保なのに、投資回収の議論にすり替えられてはいけない。本来は招致に協力した企業などが負担するべきです。
 鈴木 これから開催の是非が検討されていく中で、延期を決めた時のようにプロセスが見えないまま決着したとしたら、五輪そのものの価値が一層低くなってしまう。そのことを心配しています。
 木村 政治や商業主義に支配されている五輪はおかしい。そうならないためにも、JOCやスポーツ庁はまず選手の気持ちや意見をくみ上げるアンケートをとるべきだと思います。延期はそのようなことをせずに決められた。五輪はそういうものだと言うのなら、五輪憲章は無意味。アスリート委員会も声を上げるべきです。
 鈴木 プロ野球やサッカーのJリーグなどは人数制限こそしているが、観客を入れた試合に踏み切りました。ただ、選手同士のハイタッチを禁止するとか、観客は大声を出して応援しないなど、感染拡大防止対策に未経験のルールを取り入れている。しばらくはコロナと共に生きていかなければならないとされる社会で、スポーツも変容せざるを得なくなってきました。
 木村 まず国際大会は来日する選手たちのことを考えての開催可否を。感染はこれから、アフリカで広がると言われています。東京五輪は、難民チームの出場も打ち出している。人道的な入管行政を含めて選手移動のリスクに配慮しないといけない。ウイルスの実態が分かり、ワクチンも完成するならともかく、このような状態が続くのであれば、それに適応していくことが必要となるでしょう。
 鈴木 ワクチンのゴールは完成することではなく、それが世界の隅々にまで行き渡った時です。接種を受けるのも医療従事者や高齢者、既往症を持つ人らが優先されるでしょうし、その中でアスリートは順番が遅くなるかもしれない。かつての姿にスポーツが戻るには数年かかるかもしれません。
 木村 怖いのは試合をする中で選手が感染したときに本来、被害者である人がたたかれること。スポーツ自体が社会から分断されてしまうことです。
 鈴木 スポーツが育んできた「外に出て体を動かす」「活発なコミュニケーション」「スキンシップ」などの価値が今は否定されるわけですから、私もそれを感じます。このままではスポーツが悪者にされてしまうのではと。
 木村 感染を避けるためにルールを変える競技も今後は出るでしょう。応援も、かつてのようにチームのユニホームを着てスタジアムで大声を出して歌い、試合後はパブで酒を飲んで騒ぐといったスタイルは変わってしまうかもしれません。
 鈴木 スポーツが悪者とされないためにも、今後はその価値を多角的にとらえ、高めることが必要となるでしょう。ドイツではメルケル首相が芸術などの文化を「人間にとっての生命維持装置」と言い、スポーツも含めていち早く経済的支援をした。それに比べると日本は今回の自粛の中で文化活動への支援も遅かった。これらの社会的価値が低く置かれ、後回しにされた印象です。
 木村 そのような中で五輪の延期をポジティブに転化させるなら、その理念に再度、立ち返ることです。メダル数を政治家が閣議決定したり、NHKの解説委員が「五輪の目的は国威発揚」と言い放ったり、五輪憲章に完全に違反しているものが平気で流通していた。「スポーツを書いているのになぜ東京五輪を批判するのですか」と言われることがありますが、スポーツと選手が大切だからこそ正常な環境に戻してほしいのです。

 東京新聞(中日新聞東京本社)が6月26〜28日、東京都知事選に絡み共同通信、東京MXテレビと調査。都内の有権者を対象にコンピューターで無作為に選んだ番号に電話する方法で1030人から回答を得た。

<きむら・ゆきひこ> 1962年、愛知県生まれ。アジア・東欧などの民族問題を中心に執筆。著書はサッカーと旧ユーゴスラビア民族紛争を織り交ぜた『オシムの言葉』やノーベル文学賞ペーター・ハントケ氏との対話を入れた『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』など。


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