ユダヤ人が殺された渓谷に博物館建設へ 被害と加害が絡む歴史

2020年7月27日 18時36分
 ウクライナに、第2次大戦中にナチス・ドイツによってユダヤ人が銃殺された渓谷「バビ・ヤール」がある。この地で今年、犠牲者を悼むための博物館建設が決まった。ウクライナはホロコーストの舞台になる一方、一部の民族主義者がユダヤ人迫害に協力した側面もある。被害と加害が絡む歴史の清算は進むのか。(モスクワ・小柳悠志)

1941年のバビ・ヤールで撮影されたとされる記録写真。銃殺前にユダヤ人が脱いだ服が散乱する=モスクワのユダヤ博物館で(小柳悠志撮影)

◆「殺された理由は1つ」

 独軍がウクライナのキエフを占領すると、虐殺の幕は開けた。ユダヤ人3万人余は出頭を命じられ、郊外のバビ・ヤールで2日間かけて銃殺された。少数民族ロマ、独軍に逆らった市民も同じ運命に。バビ・ヤールの最終的な犠牲者は10万人を超える。
「ユダヤ人が殺された理由は1つ。ユダヤ人だったから」
モスクワでユダヤ人迫害の歴史ガイドをするレオニードさん(33)はこう語り、バビ・ヤールで1941年に撮影されたとされる写真を見せてくれた。殺されたユダヤ人の衣服が散乱し、ドイツ人が金目のモノをあさっている。

 ソ連は戦後、バビ・ヤールを「ナチスによってソ連人が殺された場所」とし、主な標的がユダヤ人であったことは伏せた。諸民族から構成されるソ連では、諸民族の団結が優先され、特定の民族の犠牲については触れづらい風潮があった。
 ソ連末期になると全体主義の呪縛が解けて、バビ・ヤールの記憶継承の動きが盛んに。5年ほど前から博物館建設の機運も高まってきた。
 ゼレンスキー大統領は今年1月、訪問先のイスラエルで年内の博物館建設着手を表明。自身もユダヤ系であることを踏まえ、同国のネタニヤフ首相に「ウクライナ国民はホロコーストの悲劇を誰よりも理解している」と伝えた。

◆ナチスに協力した歴史も…

 ナチス占領期の犠牲を強調するウクライナだが、国外からはナチスに協力したとがを問う声も上がり始めている。バビ・ヤールの虐殺などに一部のウクライナ人が関わっていたからだ。
 問題視されるのが第2次大戦前に結成されたウクライナ民族主義者組織(OUN)の指導者ステパン・バンデラ(1909~59年)。ウクライナを支配していたソ連、ポーランドからの独立を期し、武力闘争を展開した。ユダヤ人を迫害するナチスにも協力し、欧州では極右勢力と目された。

昨年10月、バビ・ヤールを訪れたゼレンスキー大統領(中央)=ウクライナ大統領府サイトから

 ウクライナでは大戦前、ソ連政府の穀物徴発で大飢饉が起き、ナチスをソ連の強権支配からの解放者と期待する向きもあった。ウクライナでは、バンデラを愛国者としてたたえるパレードが10年ほど前から定着。イスラエルとポーランドの駐ウクライナ大使はこの1月、「民族浄化を掲げた人間を顕彰するのは許されない」と非難声明を出した。チェコのゼマン大統領もウクライナ人のバンデラ崇拝を糾弾している。
 ただゼレンスキー氏は国内の民族主義者に配慮し、バンデラの歴史的評価を明らかにしていない。ウクライナの政治学者ポグレビンスキー氏は「バビ・ヤールに追悼施設を造る一方で、国内の排外的な国粋主義を放置するのは矛盾している」と辛口な評価を下す。

<ウクライナとユダヤ人> ウクライナでは14世紀以降、ポーランド方面からユダヤ人の移住が進んだ。第2次大戦の独ソ戦直前、ウクライナのユダヤ系住民は約250万人に達したとされる。ソ連初期の幹部にはユダヤ人がいたことから大戦前から「社会主義革命はユダヤ人の仕業」とのデマも拡散。ソ連支配への反感と相まってウクライナ地域でも反ユダヤ感情が強まった。

関連キーワード

PR情報

国際の新着

記事一覧