<つなぐ 戦後75年>戦争のない幸せ 未来へ 桶川飛行学校復元「平和祈念館」に

2020年7月28日 07時16分

復元整備され、展示施設に生まれ変わった兵舎棟 =いずれも桶川市で

 第二次大戦中、特攻隊員らを訓練した旧「熊谷陸軍飛行学校桶川分教場」(桶川飛行学校)が、当時を伝える展示施設「桶川飛行学校平和祈念館」(桶川市川田谷)として復元整備された。保存に尽力したNPO法人「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」の臼田智子会長(76)は若者らに向け「(展示を見て)戦争のない幸せが未来に続くよう、祈り生きてほしい」と思いを語った。 (前田朋子)
 学校は、熊谷陸軍飛行学校(旧三尻村、現熊谷市)の分校として一九三七(昭和十二)年に開校し、およそ千六百人の航空兵を養成。大戦末期には特攻隊の訓練施設となり、十二人を南の海へ送り出した。分校の教官だった臼田さんの父・伍井(いつい)芳夫さん=享年(32)=は、自らも特攻隊員となって亡くなった。

◆特攻隊訓練装備品など展示 来月公開

父の遺書を見ながら語り合う臼田さん(左)と野本さん

 桶川飛行学校の建物は戦後の短期間、連合国軍総司令部(GHQ)が占有。その後、引き揚げ者らが住む市営住宅として二〇〇七年まで活用され、最後の入居者が出た時には荒れ放題だった。
 臼田さんらは〇五年に「語り継ぐ会」を設立し一万四千筆の署名を集めて寄付を募り、保存を訴えた。賛同した桶川市は、いったん国に売却した土地を買い戻し、兵舎棟、車庫棟、守衛棟、便所棟(いずれも木造平屋)と弾薬庫(鉄筋)の五つの建物を市の文化財に指定。会が集めた寄付金千四百万円も合わせ約四億四千万円をかけて解体・復元整備を進めた。
 完成した祈念館の報道関係者向け内覧会が二十六日に開かれ、「語り継ぐ会」の会員で、現在の東京・武蔵村山市にあった陸軍少年飛行兵学校の生徒として終戦を迎えた野本信吉さん(91)=桶川市末広=も来場。寝台が並ぶ兵舎棟の室内を見て「もう少し(寝台が)離れてるかと思ったけど(東京の学校も)こんな感じ。夜は隣の人と小さい声で、ばれないようにしゃべったりした」と往時の様子を語った。
 収蔵品は飛行学校で使われた教科書や装備品など八百点で、順次展示替えする。開館時は約三十点を披露し、伍井さんが幼い臼田さんきょうだいに向けて書いた遺書の複製も含まれる。また、兵舎棟内にはレクチャーが行える部屋もあり、「語り継ぐ会」による講演などでも活用する予定。小野克典市長は「戦争遺構が失われる中、平和を語り継ぐ拠点として活用したい」と話した。
 一般公開は八月四日午後一時から。開館は午前九時〜午後四時半で、入館無料。月曜と毎月末日(日曜は開館)、年末年始は休館。

展示される装備品の数々


関連キーワード

PR情報

埼玉の最新ニュース

記事一覧