生きた言葉を50年 映画字幕の戸田奈津子

2020年7月30日 07時26分
 映画の字幕翻訳家、戸田奈津子=写真=が今年“銀幕デビュー”50周年。独自の感性で多くの洋画作品に字幕を施した。短く適切な日本語をあてる言葉の職人は、これまで手掛けた映画は1500本超で、84歳の今も現役。字幕に情熱を注ぐ女性字幕翻訳のパイオニアは半世紀の移ろいに何を思うのか−。 (竹島勇)
 大学卒業を前に「好きな映画と英語を結びつけたい」と字幕翻訳を志した。英米映画のタイトルロールで見知った字幕翻訳の大御所、清水俊二(一九〇六〜八八年)に“師事”、紹介してもらった翻訳のアルバイトなどをこなして基礎を学んだ。そして一九七〇年、洋画配給会社の宣伝部長で、後にテレビの映画解説でおなじみとなった水野晴郎(一九三一〜二〇〇八年)との縁から、フランスのフランソワ・トリュフォー監督作品「野性の少年」の英語版翻訳を担当、デビューを飾った。

辞書を傍らにシナリオのテープを聞きながら翻訳する戸田=1982年ごろ

 広く認められたのは八〇年。フランシス・フォード・コッポラ監督(81)のベトナム戦争を描いた大作「地獄の黙示録」だった。来日したコッポラ監督のガイド兼通訳を務め、ロケ地のフィリピンにも同行。コッポラ監督から字幕翻訳者に指名された。周囲は「無名の女性を」と驚いたというが、この大仕事が認められ、その後は「次から次へと仕事が来た。年間五十本ほど手掛けた二十年だった」と振り返る。
 スクリーンの大きさに配慮した文字数、次のせりふに遅れないよう時に大胆な意訳も施す。正しい翻訳はもちろんだが、作風や俳優の個性を意識したセンスや大胆さも問われる。
 しかし近年、字幕版より吹き替え版が支持される風潮があり、第一人者は「分かりやすさばかりに重きを置く傾向は問題だ。日本語の素晴らしさを殺していると思う」と表情を曇らせる。吹き替え版では、声優やアイドルら人気者を起用することも多い。この安易な手法に「配給会社が言葉を軽んじている」と指摘、分かりやすさ重視は字幕表現にも影響するという。「“安堵(あんど)”と訳したら『若い観客には難しいから“安心”にしてほしい』と。意味合いが違ってしまい、せりふが死ぬ」
 今も年三、四本は手掛ける。かつては試写室で映画を見て、台本とテープレコーダーを使って作業したが、今はハリウッドから送られた映像データを自宅のパソコンで見る。時代や技術は変わっても、字幕を入れた作品を見て「ああ、言葉が生きている」と感激するのは五十年間変わらぬ瞬間という。
 「これまであっという間だった。人生をしっかり描いた映画オファーがある限り、仕事を続けたいわ」
<とだ・なつこ> 1936年、福岡県生まれ、東京育ち。津田塾大卒。

「地獄の黙示録 ファイナルカット」6月5日、4K ultra HD Blu-ray発売 発売・販売:KADOKAWA((c)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.)

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