本心<318>

2020年8月3日 07時00分

第九章 本心

 僕はただ、そのことを聞いてもらいたくて、ティリに話した。コンビニ動画のお陰(かげ)で集まった投げ銭も、進学のための学費に充てるつもりだった。それに僕は、ティリのお陰で、自分がやはり「言葉」に強い関心を持っていることを改めて意識した。
 出来るだけ明瞭に話そうと努めたが、彼女の表情からは、ところどころで内容を理解できないまま受け流している様子が感じられた。あの日の出来事の詳細を語るまでには至らなかった。
 それでも、僕の様子から、意欲は伝わったようで、
「すごいですね。わたしも、勉強、がんばりたいです。」
 と言った。僕は、その言葉以上に、彼女の心の中で生じた何がしかの反応を感じ取って、強い喜びを抱いた。僕たちは、それからまた、明るく微笑した。
 何もかもが、これからだった。
 現在を生きながら、同時に未来を生きることもまた、甘美であってくれるならば、と僕は思った。――誕生以前の想像と、死後の想像とが、この僕の存在に於(お)いて、甘美であってくれるならば。……
 ウェイトレスが来て、何故(なぜ)か当たり前のように、僕の前にはメカジキを、ティリの前にはポークを置いていった。僕たちは、苦笑しながら皿を交換した。
 それから、ティリに促されて、僕はガラスのフェンスに目を遣(や)った。
 いつの間にか、今度は、二羽の雀(すずめ)が止まっていた。それぞれにやはり、綿花のように丸くお腹(なか)を膨らませて。
「かわいいですね。」
 ティリは、写真を撮ろうとケータイを取り出した。 
 一方が、さっきの一羽なのだろうかと、僕はしばらく見ていたが、どちらがどうとも区別はつかなかった。
 友達を連れて戻ってきたのなら、僕は歓迎したかった。新しい二羽が飛んで来たのだとしても、やはり心から、歓迎したい気持ちだった。 <完>
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※7月30日付紙面掲載

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