西新宿、もっとにぎやかに 交流の場、続々オープン

2020年7月31日 07時04分
 新宿副都心計画の決定から60年−。西新宿に広がる日本屈指のオフィス街・新宿副都心エリアが大きく変わろうとしている。新宿駅に東西自由通路が開通した7月、「回遊性」をキーワードに、イベント空間や公園の新施設が相次いでオープン。ビルごとに分断された人の流れを街全体に広げようとしている。
 新宿区立新宿中央公園で十六日に開業した交流拠点施設「SHUKNOVA(シュクノバ)」には、誰でも自由に利用できるテラスや飲食店、フィットネスクラブができた。目前に広がる約八千五百平方メートルの芝生広場では、親子連れが弁当を広げ、カップルが楽しそうに犬を散歩させていた。観光客らしき姿も。施設運営管理会社の担当者は「来街者と住民が出会う場所。地域が活気づけば」と話す。
 一日には駅と公園をつなぐ四号街路沿いで、新宿住友ビルがリニューアルし、最大二千人収容のイベントスペース「三角広場」が誕生。SOMPO美術館は十日、ビルの四十二階から、敷地内に新築された六階建ての新美術館棟に移転した。特に大きな変化が十九日に開通した駅の自由通路。歌舞伎町など商業・娯楽施設が集まる東側と、整然としたオフィス街の西側が“地続き”になった。
 新宿駅西口から公園一帯に広がるエリア九十六ヘクタールには、約二十万人が働いている。計六千六百室のホテルや大学、商業施設も集積し、コロナ禍以前は外国人客も多かった。今後はさらに、家族連れやカップルといった新たな人の流れが期待されている。
 「『人と人が出会う空間』に変えるチャレンジをしてきた」と振り返るのは小林洋平さん(52)。十八の企業、大学などで構成する一般社団法人「新宿副都心エリア環境改善委員会」の事務局長だ。
 このエリアは道路が広く、ビル同士は離れている。各企業の敷地に誰でも使えるオープンスペースが十分にあり、わざわざ他のビルに出掛ける必要がない。広大すぎる土地がにぎわいを拡散し、超高層ビルごとに作られた垂直な街が、横のつながりを分断していた。
 二〇一四年に同委員会が区と示した西新宿地区まちづくり指針では、こうしたオープンスペースの弱みを、にぎわいを生み出す強みと捉えた。一五年から街路などを活用し、イベントを開催してきた。三角広場やSOMPO美術館も重要な拠点となる。
 一一年の東日本大震災を機に防災に向けた議論も活発に。災害時にはエリア内で最大約二十九万人が帰宅困難になると想定され、オープンスペースを受け皿として活用する方針が示された。三角広場は、二千八百五十人を受け入れる準備が整えられている。
 小林さんは「ビルを建て替えなくとも、交遊と防災を図る可能性が見えてきた」と強調する。さらに、コロナの拡大で「都市は何のためにあるのかが、問われている」とも。職場に行かなくても仕事ができる時代だからこそ、「リアルだからできる発見や交流が都市の価値。対面はアイデアやディスカッションを生む。ウィズコロナ時代に適合したにぎわいを作っていく」と思いを込める。

◆副都心計画決定から60年

1966年8月28日 新宿副都心の建設風景。今の都庁あたり。中央奥は京王百貨店ビル=いずれも新宿区立新宿歴史博物館提供

 新宿副都心計画は、一九六〇年に決定した都市計画事業。建物を超高層化し、都市に空間と緑をもたらすことを目指した。淀橋浄水場を含む九十六ヘクタールに、広場や地下道、公園、宅地、ビルなどを建設。自動車社会に対応した立体的な交通ネットワークなど、当時の最先端技術を駆使したインフラ整備が行われた。九一年に都庁が丸の内から移転してきた後も、西新宿では超高層ビルの建設が続いた。

1981年8月ごろ 高層ビルが立ち並ぶ。右端にはこの地域の目印だった東京ガスの球形ガスタンクが見える

文と写真・中村真暁
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