戦後の戸惑いと青春 『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』 作家・辻真先さん(88)

2020年8月2日 07時00分
 まず、挑発的なタイトルに目を引かれる。たかが殺人じゃないか−。物語の終盤で、ある人物が口にする言葉だ。読者はそこで戦争や正義について、深く考えさせられることになる。何十年か前に別の出版社から同名の本を出そうとしたが、編集者に止められたという。「時代が変われば、いろいろ変わるということです」と辻さん。
 本作は那珂(なか)一兵が探偵役で登場するミステリーシリーズの最新作で、終戦間もない愛知県が舞台。推理小説研究部と映画研究部に所属する高校三年の男女が、奥三河の湯谷温泉へのグループ旅行を機に連続殺人事件に巻き込まれる。
 作者の実体験をふんだんに盛り込んだ青春小説でもある。戦後、進駐軍が「日本の民主化」のお題目で学制を改革。併せて男女共学が始まった。皆歓迎したかと思えば、そうではなかった。戦前とまるで違う価値観を押しつけられた思春期の子どもらの戸惑いや怒り。それがさまざまな衝突を生んだ。「ぼくたちはモルモットかよ!」。主人公の心の叫びに、辻さんの実感がこもる。「男女一緒に歩いたら石を投げられかねない時代で。あのドタバタとかやるせなさは、僕らの世代しか分からない。その実態を書きたかった」
 近年に発表した同シリーズの作品は、いずれも戦争を主要テーマに据えている。記録として残したいというより、メッセージとして伝えたいとの思いがあるという。いち戦争体験者として「権力者の目先のうそにだまされちゃいけない。五年や十年でボロが出るような短距離のうそやデマこそが危ない」と力を込める。
 新幹線を見下ろせる静岡県熱海市の高齢者向けマンションで暮らしている。アニメの脚本や大学での講義など幅広く活躍してきたが、春からのコロナ禍で上京できなくなった。毎朝の検温を義務付けられる窮屈な日々。そのストレスを晴らすように、本業の小説に打ち込んでいる。
 古今東西の映画の出演者やストーリー、戦前戦後の名古屋の町並み…。じっと目をつぶり、流れるようにうんちくを披露する。もうすぐ九十歳。足腰の衰えは隠せないが、記憶力は今なお超人的だ。「飲まなきゃいけない薬を覚えていられるうちは、書き続けようと思うんですよ」と笑う。
 東京創元社・二四二〇円。 (岡村淳司)

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