2度目の五輪1年前に思う「アスリートがファースト」 バレーボール石川選手の知恵と工夫 <スポーツは考える>

2020年8月1日 11時06分

 スポーツは奥深い。アスリートや競技にはそれぞれの流儀やアイデアが満ちており、それは時として私たちの仕事や生き方のヒントになります。本紙電子版で不定期掲載中の「スポーツは考える」。スポーツの視点から新たな知恵や考察を導きます。(谷野哲郎)

 新型コロナウイルスの影響で来夏に延期された東京五輪が7月23日、再び開幕1年前を迎えた。新たな競技日程が発表になるなど、準備が進むものの、感染の終息はいまだに見込めず。1年後に本当に開催できるかどうか、誰も明確な見通しが描けない状況が続く。
 そんな中、強い意志を持って活動するアスリートがいる。プロバレーボールプレーヤーで、日本代表の石川祐希選手。愛知県・星城高出身で、現在はイタリアの1部リーグでプレーする日本のエースは今春、東京五輪が延期になったことを受け、こんなことを自身の写真共有アプリ・インスタグラムに書き込んだ。
 
 「大変なのは決して僕たちアスリートだけではなく、携わるすべての方にとって、延期の影響や代償は計り知れないものだと思います。だからこそ、『アスリートファースト』ならば、今アスリートがファーストに行動すべきだと思います」

 周囲を気遣う一方、「アスリートがファースト」という新しい言葉を用いて、自分たちが率先して行動を起こすことを訴えた。

イタリアでプレーを続ける石川選手=所属事務所提供

 「アスリートファースト」とは、スポーツの現場において組織や運営側の論理を優先するのではなく、「選手を第一に」という考え方。理念は立派だが、いつの間にか形骸化し、人々の胸に響かない言葉になりつつある。それを石川選手は、たったひと文字の「が」という助詞を入れることで、ポジティブな意味を吹き込んだ。知恵と工夫に感心させられた。
 考えてみれば、スポーツでは競技中に窮地に陥ったとき、その場でできるだけの工夫を凝らすことが求められる。バレーボールも同じ。試合中に不運な点の取られ方をしたからといって、相手は待ってはくれない。すぐに対応策を練り、次の目標を明確にする。一流のアスリートが得意とする技能を生かしたといえよう。
 一方で、国際オリンピック委員会(IOC)はどうか。「アスリートファースト」を繰り返すものの、体面や利権を優先するケースが多く、彼らがこの言葉を唱えるたびに違和感を覚える。

 これまでも書いてきたが、なぜ、7、8月に五輪を行うのか。酷暑の夏季開催自体が選手第一を否定している。また、バスケットボール決勝や競泳が午前開始なのは、仕事を終えた米国民が、人気の競技を自宅でゆっくり楽しめるように配慮されたものとみられる。どちらも巨額の放映権料を払う米テレビ局の都合を優先させたと言われても仕方がない。これでは「マネーファースト」「利権ファースト」である。

 苦難に立ち向かい、頑張ろうとする選手たちを一番に考える「アスリートファースト」の理念はどこにいってしまったのか。再び、石川選手の話に戻りたい。
 彼はこのとき、小学1年生から高校生までの子どもたちに、学校の友達や先生、家族に「感謝の気持ち」を手紙にして伝える企画を立案、募集した。不遇を嘆いていても仕方がない、感謝する心を思い出し、次に踏みだそう―。趣旨に賛同した子どもたちからは多くの手紙が寄せられ、インスタグラムには延べ100万件を超える反響があった。「アスリートがファースト」を有言実行した。

子どもたちからの手紙を前に笑顔を浮かべる石川選手=所属事務所提供

 世界中が混乱している今、厳しい状況に置かれているのは東京五輪だけではない。コロナ後は社会全体で、これまで通りにはいかないことが多くなった。しかし、石川選手を見ると、どんなときも知恵と工夫があれば、何とかなるのではないかと思える。「皆さんと一緒にスポーツの素晴らしさを分かち合える日がまた戻ってくるように、今、自分たちの手でこれからの未来をつくっていきましょう」。一人のアスリートの行動が、可能性を教えてくれている。(谷野哲郎)

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