人前で演奏する意味 国際コンクールで優勝が続く佐藤晴真(はるま)さん(チェリスト)

2020年8月1日 14時46分
 昨年九月、かつて一位がなかなか出なかった難関のミュンヘン国際音楽コンクール・チェロ部門で、日本人初の優勝者が出た。名古屋市出身でベルリン芸術大四年の佐藤晴真さん(22)=当時(21)=だ。帰国中の日本でコロナにより自粛された演奏活動が徐々に再開された七月半ば、東京都内で話を聞いた。
 普段着のシャツにチェロケースを背負って現れた晴真さん。そのてらいのなさに虚をつかれた。さらに意外だったのが、一六〇センチという小柄な体から発せられた低い声。「チェロによく似ていると思います。チェロは(音色が)人の声に似ているといわれる楽器ですが、チェロの最低音と自分が出せる一番低い声が完全に一致しているんです」
 昨年暮れ、凱旋(がいせん)公演となった東京・紀尾井ホールでのリサイタル。前半はドビュッシーなどフランスの作品、後半はブラームスの歌曲とソナタという凝った選曲で聴かせ、コンサート評には「今後、この世界の最先端を走るかもしれない」と書かれた。プログラムには自身が手掛けた歌曲の歌詞の対訳も挟んだ。「歌詞のない状態で、作曲家がイメージした言葉をどれだけ表現できるか、同じメロディーでも言葉の発音や意味が違う一番、二番、三番をどれだけ(チェロの音で)歌い分けられるかに挑戦したかった」。歌曲に興味を持ったのは、歌曲をレパートリーにしている山崎伸子、中木健二両恩師の影響がある。
 晴真さんの両親は高校の国語教諭。大学のオーケストラで出会い、父はコントラバスを、母はバイオリンを弾いていた。晴真さんは四歳の春、兄の通うバイオリン教室の発表会にゲスト出演したチェリストの中木さんの演奏を聴き「チェロに心を奪われてしまい、チェロをやりたいと言い出した」。まずはバイオリンから始め、念願のチェロに転向したのは六歳のとき。以来、名古屋市立若葉中学時代には泉の森ジュニアチェロコンクール中学生部門で金賞、東京芸術大の付属高に入ると全日本学生音楽コンクール高校の部で一位、二年生で日本音楽コンクールの一位に。ドイツ留学後も毎年、国際コンクールで優勝を続けている。
 コンクールに出場するのは「今、自分がどのレベルにいるのか客観的に確かめたいから」。「自己批判が強く、自己評価を一番大事にしたい」と言い、輝かしい賞歴にも浮かれることはない。「世界一位の割には普通だね、と言われます。でも、音楽しかできない人にはなりたくない。広い興味を持った一般人でありたいなと思ってます」
 「チェロを辞めることは選択肢になく、続けてきたことが今のチェリストという職業につながった」と振り返る。コロナによる自粛期間中「人前で弾く意味はなんだろうと考えて考えて、結局分からなかった」。「職人肌的な気質なので、作品を理解したいという研究意欲の方が強い。そこで知ったものを紹介したり提案したりするのが自分の音楽をやる意味としてしっくりする」と自己分析した。
 好きな演奏家は、伝説のチェロ奏者カザルスとバロックチェロの巨匠アンナー・ビルスマ。「真剣勝負として感じられる音、濃い、しっかりした立派な音を目指している。おしゃれに何でも弾けちゃうというのは理想とは全く違う」と言い切った。
 コロナ禍でかつてない危機的な状況に置かれた音楽業界。自身も内外の演奏会が中止に追い込まれた。「楽器を辞めるとか、演奏する意味を失ったという声を聞いたけれど、僕はそれは逆だろうと思ったんです。こういう時期だから弾き続けないといけないんじゃないか。人に勇気や感動を与えられる側が意欲をなくしてしまえば音楽はもっと衰退していく。中世から続いてきた弾いて聴かせる文化をこんなことで終わらせていいのか」と熱を込めた。
 二日にはミューザ川崎シンフォニーホールで、尾高忠明さん指揮の東京フィルハーモニー交響楽団らと、ベートーベンの「バイオリン、チェロとピアノのための三重協奏曲」を初めて演奏する。会場外にも有料でオンライン配信され、コロナ禍が演奏を広く届ける機会を生んだ。 (矢島智子)

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