藤井聡太棋聖の「読み」か、木村一基王位の「感覚」か

2020年8月2日 06時00分

◆前名人・佐藤天彦九段が王位戦2局を振り返る

 将棋の第61期王位戦7番勝負(東京新聞主催)が佳境を迎えている。昨年、史上最年長で初タイトルを獲得した木村一基王位(47)に、最年少タイトルホルダーとなった藤井聡太棋聖(18)が挑む「最年長VS最年少」の対決。藤井棋聖が連勝したここまでの2局を、名人獲得3期のトップ棋士、佐藤天彦九段(32)は「木村王位の『感覚』と藤井棋聖の『読み』がぶつかり合っている」と分析する。(樋口薫)

王位戦第2局に勝ち、感想戦にのぞむ藤井聡太七段(当時)=7月14日、札幌市で

◆最年少VS最年長

 木村王位は昨年9月、史上最年長の46歳3カ月で王位を獲得。7回目のタイトル挑戦での悲願達成にうれし涙を流し、その活躍は「中年の星」と話題になった。藤井棋聖は7月16日、王位戦と並行して戦っていた棋聖戦を制した。史上最年少の17歳11カ月での初タイトルの快挙が日本中を騒がせた。
 対照的な経歴の2人だが棋風も大きく異なる。藤井棋聖の将棋の特長を、佐藤九段は「圧倒的な計算力、つまり読みの深さと正確さ」と解説する。「終盤戦はもちろん、先が読みづらい茫洋とした中盤戦でも、あいまいな感覚に頼らず、読みを主体にして指している。その精度はトッププロと比べても、はっきり勝っている」
 一方、佐藤九段が高校時代から研究相手を務めている木村王位は「読みももちろん正確だが、独特の感覚に基づいた力強い受け(守り)が持ち味」との見解だ。「こちらが強引に攻めさせられ、攻めを切らされることがよくあります。引っ張り込むような受けに、分かっていても意表を突かれる」という。

王位戦第2局の感想戦で宙を見る木村一基王位=7月14日、札幌市で

◆懸命の粘りで逆転

 第1局(7月1、2日)は挑戦者が「読み」の力を発揮した。藤井棋聖がやや優勢で迎えた終盤、「プロなら感覚的に角を打って王手したくなる局面(※1)で、深い読みを入れて銀で王手した。先入観にとらわれない、藤井棋聖らしい組み立て」と佐藤九段。その後、木村王位も受けの好手を見せたが、藤井棋聖は冷静に押し切った。
 第2局(13、14日)は王位の「感覚」の指し手が光った。一般的に、棋士は経験とともに大局観が磨かれ、しらみつぶしに手を読まなくても感覚で最善手を選ぶことが可能になる。この対局は「序盤から、木村王位が得意とする前例のない戦いに持ち込んだ」。定跡から外れ、選択肢の多い局面になったことで経験値の差が出た。藤井棋聖の計算力でも読み切れなかった好手順(※2)で、木村王位が優位を築いた。
 しかし劣勢になった藤井棋聖は懸命の粘り(※3)で逆転し、2勝目を挙げた。佐藤九段は「木村王位に一目でわかる悪手はなかった。決め手を与えなかった藤井棋聖の正確な指し回しが印象に残った」と総括する。

◆第3局は「定跡形」予想

前名人の佐藤天彦九段

 これで星の上では、藤井棋聖が最年少での二冠獲得に向け大きくリードした。しかし初防衛を目指す木村王位は、前期7番勝負でも2連敗スタートから盛り返している。「昨年と同じ展開になればまだ分からない」と佐藤九段。今後の展開を「藤井棋聖が先手の第3局は定跡形、木村王位が先手の第4局は定跡から外れた力戦形になり、両者が持ち味を出し合うのでは」と予想した。
 棋士たちは、対局を重ねることで感覚を研ぎ澄ましていく。一方で、加齢により先を深く読む脳の力は衰えていく。そのバランスが最適となる20代半ばから30代が、棋士の全盛期とされる。しかし木村王位と藤井棋聖は、いずれもその期間から外れている。約30歳の年齢差の2人は、それぞれ異なる強みを生かして戦っているのだ。
 注目の第3局は8月4、5日、神戸市で指される。

図1は△3九馬まで

 ※1 第1局は先手の藤井棋聖が得意戦法の「角換わり」を選択。木村王位は用意の作戦で受けて立ったが、誤算があり「1日目の時点で苦しくした」と振り返っている。2日目、藤井棋聖がやや優勢で迎えたのが、図1の局面。ここでは「感覚的に▲5三角としたくなる。銀より角の方が、打った後の働きが良いので」と佐藤九段。控室の検討陣も、5三の地点には角を打つ展開を予想していた。しかし藤井棋聖は1時間の長考で深い読みを入ると、▲5三銀(61手目)と銀で王手し、ひたすら攻め続けた。佐藤九段は「そうとう難解だが、後手に変化の余地はほとんどなく、最善の寄せだったのでは」と分析している。

図2は▲8六角まで


 ※2 第2局は先手の木村王位が「相掛かり」を採用した。前期の7番勝負でも多用し、王位獲得の原動力となった得意戦法だ。じっくりした展開の中盤戦で、木村王位が▲8六角(61手目)と上がり、相手の攻めを呼び込んだのが図2の局面。藤井棋聖は誘いに乗り、△9八飛成(62手目)と成り込んだ。しかし先手に▲2九飛(63手目)と引かれると、後手は▲9九香の飛車取りと、▲2八香からの2筋突破が同時に受からない。実戦は後者の攻めで、木村王位がはっきり優勢となった。

図3は△5三香まで

 ※3 木村王位の渾身の攻めを藤井棋聖が際どく受け続け、ようやくチャンスが到来したのが、図3の局面。藤井棋聖の打った△5三香(122手目)が、攻防の妙手だった。受けては5三の地点への打ち込みを防いでおり、攻めては5七の地点への殺到を狙っている。木村王位は終局後、この手で「訳が分からなくなった」と頭を抱えた。佐藤九段も「いよいよ逆転の雰囲気が出た感じがした」と、印象的な1手に挙げている。

 樋口薫(ひぐち・かおる) 東京新聞文化部で2014年から囲碁・将棋を担当。「バン記者・樋口薫の棋界見て歩き」を毎月連載。木村一基王位の史上最年長での初タイトル獲得までの道のりを追った『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』(東京新聞)を6月に発売。

関連キーワード

PR情報

文化の最新ニュース

記事一覧