切迫する病床、医療崩壊寸前…遅かった緊急事態宣言

2020年8月4日 06時00分
<検証・コロナ対策9>

◆電話かけまくる職員

 新宿区の東京都庁第一本庁舎30階。見晴らしのよいこのフロアに、新型コロナウイルス対策の実務を担う都感染症対策課がある。
 「1床でもいいので、お願いできませんか」。知事の小池百合子(68)が「感染爆発の重大局面」と表明した3月25日以降、課内では職員十数人が病院に電話をかけ続けていた。「まるで営業マン」と周囲の目には映った。
 新型コロナの病床を確保するため、深夜まで食事を取る暇もないほど熱心に依頼するが、病院側もすぐに増やせない事情があった。ほかの患者らを感染させないような特別な病床は、準備に時間がかかる。「明日から、というわけにはいかない」。そんな反応が多かった。
 30日までに何とか500床を確保したが、その夜には入院患者数が400人近くまで迫る。病床を増やせなければ、翌日には満床になる勢いだ。自転車操業の状態に危機感を強めた小池は翌31日、官邸で首相の安倍晋三(65)に「国家としての判断が今、求められている」と談判。知事の権限を強められる緊急事態宣言の発令を迫った。
 政府高官はこう話した。「(宣言で)経済を止めるのは大変なこと。経済を守るのも国家として大切な仕事だ」。官房長官の菅義偉すがよしひで(71)も4月1日の記者会見で従来の発言を繰り返す。「ギリギリ持ちこたえている。宣言が必要な状況ではない」
 東京など7都府県への宣言は6日後の7日に発令される。だが、感染した時期のピークは1日だったことが後に分かる。

◆空いても即埋まる病床

 感染が拡大していた3月下旬、日本医師会(日医)には東京都や大阪府、愛知県の医師会から、「医療現場は本当に大変なんだ」との声が寄せられていた。新型コロナの病床が空いた途端に、新たな患者で埋まる。そんな事態が起きていた。
 政府専門家会議のメンバーで、日医常任理事の釜萢かまやち敏(67)は3月30日、「個人的には緊急事態宣言を発出して対応する時期ではないかと思う」と記者会見で踏み込む。現場の悲鳴を聞き、「緊急事態に相当する」と考えた。
 もともと感染症の患者に対応できる特別な病床は、全国に1871床しかなかった。厚生労働省は早くから、病床の確保が重要だと認識。2月上旬には、一般病床でもコロナ患者を受け入れるよう自治体に通知していた。
 厚労省の対策本部で事務局長代理を務める正林しょうばやし督章とくあき(57)は「早く医療体制を組んでほしいと通知を出していた」と説明するが、通知だけで事態は好転しなかった。「コロナ患者に備えてベッドを空けておくのは経営的に難しい」「治療薬やワクチンがない感染症の患者を受け入れる体制は整っていない」。都にはそんな声が届いていた。
 病床を確保するため、厚労省は3月1日、感染者全員を入院させる方針から、感染者が増えれば「軽症なら自宅療養で」に切り替える。ところが、どれだけ増えれば切り替えるのかなど、具体的な基準は示さない。現場が判断しにくい方針は、大幅な改善につながらなかった。

◆病床使用率ついに94%に

 4月3日、都内の病床使用率は94%に達する。受け入れ先の病院が見つからず、自宅で待機していた軽症の患者が「息苦しい」と夜に救急車を呼んでも、病院は見つからない。
 たらい回しになり、救急隊から保健所に「病院を探せないか」と問い合わせが入るようになる。翌朝まで病床の空きを待ち続ける保健所。「容体が悪化しないか」と、心配で一睡もできない職員もいた。
 大田区の特別養護老人ホームでは、入所者と職員計15人の集団感染が起きる。だが、病床が空くまで1週間、ホーム内で待機する入所者まで出ていた。
 都内では4日、新規感染者が初めて100人を超える。6日、入院患者は1000人を超え、2週間で10倍に。医療崩壊が起きつつあった。
 政府はいつ緊急事態宣言を出すのか。5日、閣僚の1人は綱引きに例えて「綱の真ん中は(発令側へと)動いている」と明かす。「医療提供体制が逼迫している地域が生じている。もはや時間の猶予はない」。首相の安倍晋三(65)がそう言って、東京など7都府県に宣言を出したのは、2日後の7日だった。

◆「宣言、もう少し早くても」

 都はこの日から、軽症や無症状の患者にホテルで療養してもらう取り組みを始める。重症患者のために病床を空け、自宅療養者から感染を拡大させないためだ。だが、その後も病床の逼迫は続く。全国で入院患者のピークは28日、重症患者のピークは5月8日だったことが後に分かる。
 「宣言はもう少し早くても良かったかな、という思いはある」。釜萢はそう振り返った。 (敬称略、肩書は当時)

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