<ふくしまの10年・雪が落とした災い>(6)水や原乳が…集団で避難

2020年8月4日 07時57分

村内の子どもたちに実施された表面汚染検査(スクリーニング)=飯舘村で(豊田直巳さん提供)

 二〇一一年三月十五日からの雨や雪で、飯舘村全体に放射能汚染が広がった。簡易水道の水や、重要な産物である原乳から基準値(当時の暫定基準は三〇〇ベクレル/キログラム)を大幅に上回る放射性ヨウ素が検出されるなど、一週間もしないうちに実害が出てきた。
 村は水道水だけでなく、井戸水や沢水も含め飲まないよう呼び掛けるとともに、職員が各戸にペットボトル入りの水を一人当たり十リットル配達するなど対応に追われた。
 首都圏などに自家用車で避難する村民もいた。移動手段はないが避難したい村民もおり、村は国の避難指示に基づかない「集団自主避難」を計画。十九、二十両日、村外から受け入れた避難者も含め計五百九人を、自衛隊のバスと村のスクールバスで栃木県鹿沼市の鹿沼総合体育館に避難させた。
 緊張が高まる中、県は二十二、二十三両日に村民千三百三十人に表面汚染検査を実施し、全員「異常なし」と判定された。
 さらに二十九、三十両日には、十五歳未満の子どもを対象とした簡易の甲状腺検査も実施された。頭や手などの表面汚染をチェックした後、役場内で最も放射線量が低い議場内で、のど付近にセンサーを当てて値の変化をみる。
 現場を取材した写真家の豊田直巳さん(64)は「子どもたちはマスクをし、整然と並んでいた。受診した約六百人は異常なしとされたが、あんな検査で本当に分かるのか、が正直な感想だ」と話した。

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