「武漢日記」悲しみと憤りが執筆の原動力 コロナ封鎖下で作家・方方さんが見た60日

2020年8月5日 13時50分
 新型コロナウイルスの感染が最初に広まった中国湖北省武漢市で、同市の著名作家、方方さん(65)は約2カ月半にわたる封鎖下での生活を日記としてネット上で伝え、1億人以上といわれる読者を獲得した。一方で、政府批判も辞さない率直な語り口は、民族主義的な勢力から執拗な攻撃も受けた。本紙の書面インタビューで、方方さんは「悲しみと憤り」が執筆の原動力だったと振り返る。(北京・中沢穣)

 ファンファン 1955年、中国・南京に生まれ、2歳で両親とともに武漢に移る。武漢大学中国文学科に在学中から創作を始め、社会の底辺で生きる人々を描いた小説を発表してきた。現代中国を代表する女性作家の一人で、湖北省作家協会主席も務めた。2010年に中国の文学賞、魯迅文学賞を受賞。

方方さん=本人提供

◆ネットで発表、読者は1億人以上

 ―日記を始めた理由は。
 新型コロナの感染状況が厳しかった当初は私も気分がふさぎ、何も書きたくなかった。しかし、上海の雑誌社から「封鎖都市の記録」を書くように勧められ、(短文投稿サイトの)微博(ウェイボ)に発表した。これが封鎖三日目だ。最初は日記のつもりではなかったが、毎日一本ずつ書くうちに読者から「方方日記」と呼ばれるようになった。
 ―封鎖下の武漢の実情を伝え、多くの読者を獲得した。
 毎日午前零時にネット上で発表していたら、多くの読者から「日記を読むまで寝られない」と言われ、とても驚いた。その後、(当局の検閲によって)微博のアカウントが閉鎖され、友人を通じて発表するようになった。アカウントが閉鎖されたのは、(感染拡大の初期に警鐘を鳴らして当局の処分を受けた)李文亮医師が亡くなった日でもあった。かつてない悲しみと憤りを感じ、絶対に書き続けなければならないと思った。

7月中旬、李文亮氏が眼科医を務めていた武漢市中心医院=白山泉撮影

◆的外れな批判が増え、デマも流れ始めた

 ―攻撃も浴びた。
 十編も書かないうちに的外れな批判が始まり、どんどん増えていった。これはもともと予想していた。(当初は)彼らの批判はだれも信じなかったが、米国での出版が彼らに突破口を与え、米国の情報当局から援助を受けているとかデマを流し始めた。さらに(中国共産党機関紙・人民日報系の)環球時報の胡錫進編集長が「西側で有名になるために、中国と中国人の利益を犠牲にしている」などと批判した。
 中国では少なからぬ民間人が当局の顔色をうかがって行動する。そういう人たちにとって、胡錫進は当局を代表する存在だ。胡錫進が態度を示すと、私を支持していた多くの人が方向を転じた。胡の見方は、私に対する政府の評価そのものだと思う。これ以降、各種の攻撃が全面的なものになり、現在まで続いている。
 ―「利敵行為」などという批判もあった。
 都市封鎖で閉じ込められた一人の作家が、憤りや怒り、悲しみ、あるいは(政府の)正しい対応への称賛を日記に記すことが、何の利敵行為なのか。こんなでたらめな話を、今も多くの人が信じている。今年いちばんの笑い話だ。

◆「政治的に正しくない」なら、処分や仕事失う可能性

 ―コロナ禍では一時、言論の自由を求める声が高まったが、現在は小さくなってしまった。なぜか。
 分からないが、私に対して批判や侮辱、攻撃が浴びせられる様子が、多くの人を怖がらせたのかもしれない。(政府寄り、民族主義的、保守的な)極左勢力やネット上のごろつきは、私を支持する人々の以前の言論などをすべて調べて揚げ足をとり、「政治的に正しくない」との名目で当局に通報する。
 中国で「政治的に正しくない」とみなされれば、処分を受けたり仕事を失う可能性もある。(方方さんを支持して学生の指導資格取り消しなどの処分を受けた湖北大学の)梁艶萍教授の処分はまさにこのように起きた。誰もが家族がいて自分の生活がある。このようなやり方で多くの誠実な人々が沈黙させられ、(政府寄り、民族主義的、保守的な)極左勢力の声のみによって、ネット上の言論が形成される。極左勢力の背後には、当局、とくにネット管理部門の強い支持があることも注目するべきだ。
 ―米中の対立激化も攻撃の背景といえるか。
 米国で新型コロナが広がらず中国を攻撃しなかったとしても、極左勢力は、私を批判するための理由をいろいろと探し出しただろう。これは疑いない。
 ―コロナ禍によって自身の創作への影響は。
 私自身の創作には影響はなく、自分のやり方で書き続けていく。しかし、私の(作品の)中国国内での出版には大きな影響がある。極左勢力が強大になり、中国では現在のところ、私の本をあえて出版する出版社はない。この日記や以前の本の再版も含めてだ。とてもとても、残念だ。

7月中旬、日常を取り戻すも閉鎖した店舗が目立つ武漢市内=白山泉撮影

◆官製メディアで報道されない市民の悩み

 全60編の日記は、武漢封鎖3日目の1月25日から、封鎖解除の方針が発表された3月24日まで続き、ほぼ毎日ネット上に投稿された。この間、中国の人々は、この日記を通じて封鎖下での生活を追体験し、かたずをのんで流行の終息を待ち望んだ。
 「目下の市民の悩みは、やはりマスク不足だ」(1月27日)、「毎日飲むべき薬を一日おきに飲んでいる」(2月7日)。前例のない封鎖下で市民はどのように生活を営んだのか。日記には、官製メディアの報道からこぼれ落ちた市民の悩みがつづられる。

◆遺児は何人になるのだろう

 武漢在住の方方さんは、この街を舞台に市井の人々を描いてきた。日記でも新型コロナの影響を最も受けた人々に寄り添う。「いちばん忍びなかったのは、霊 柩車を追いかけて泣き叫ぶ少女の映像だった」(2月2日)、「今回の伝染病による遺児は何人になるのだろう?」(同29日)
 武漢では感染拡大の初期に警鐘を鳴らした医師ら8人が処分された一方、当局は「人から人への感染はない」と発表して対応の遅れを招いた。結果として感染拡大に拍車がかかり、医療は崩壊状態に陥った。方方さんの怒りは強い。

◆無責任の連中に追及の手を緩めるな

 「職務怠慢、無作為、無責任の連中に対して、私たちは追及の手を緩めてはいけない。1人も見逃しはしない」(2月3日)、「敵はウイルスだけではない」(同4日)、「ある国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ」(同24日)
 しかし中国の言論空間は、方方さんの率直な語り口を許すほど寛容ではない。当局によって投稿サイトのアカウントが何度も削除された上に、日本の「ネトウヨ」に近い存在ともいえる「極左勢力」から集中攻撃を受けた。極左勢力は愛国心や外国への敵対心をあおるほか、当局への批判者をおとしめて言論弾圧を深刻化させている。不当な攻撃への反発は、日記を続ける原動力となったという。
 「(極左の罵声は)この世界に対する私自身の見方を変えることはできない」(2月28日)、「極左は『国家と人民に災いをもたらす存在』なのだ!」(3月24日)
 日記の最後は「私は信じる道を守り通した」(3月24日)という言葉で終わる。現在の中国でそれがいかに難しいことなのか。日記はありありと伝える。

◆来月、日本語版が発売

 日記は日本語に翻訳され、河出書房新社から「武漢日記 封鎖下60日の魂の記録」とのタイトルで9月9日に発売される予定。方方さんは本紙取材に「武漢が最も困難な時に日本の人々は多くの援助をしてくれた。とても感動し、そして感謝している。日本が難関を早く乗り越えることを願っている」と語った。

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