広島の被爆から75年の「原爆の日」 平和記念式典で核兵器禁止条約の締約を求める

2020年8月6日 11時56分
被爆から75年を迎えた広島・平和記念公園で、参拝のため慰霊碑の前に並ぶ人たち。奥は原爆ドーム=6日午前(共同)

被爆から75年を迎えた広島・平和記念公園で、参拝のため慰霊碑の前に並ぶ人たち。奥は原爆ドーム=6日午前(共同)

  • 被爆から75年を迎えた広島・平和記念公園で、参拝のため慰霊碑の前に並ぶ人たち。奥は原爆ドーム=6日午前(共同)
 広島は6日、被爆から75年の節目となる「原爆の日」を迎え、広島市中区の平和記念公園で午前8時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれた。松井一実市長は平和宣言で、2017年に国連で採択されたが発効していない核兵器禁止条約について、日本政府に「締約国」となるよう訴えた。
 松井市長は「条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて条約の締約国になってほしい」と要望。例年よりも直接的な言葉で政府に迫り、被爆者らの思いに応えた形だ。放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びた人の救済については「降雨地域の拡大に向けた政治判断を強く求める」とした。
 新型コロナウイルスの感染防止策として式典は入場が規制され、席数も例年の1割未満に限定。招待者ら785人が参列した。
 安倍晋三首相はあいさつで「唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現に向けた努力を進めることはわが国の変わらぬ使命だ」と述べた。
 一方で、核禁止条約に関し踏み込んだ発言は避け、「黒い雨」を浴びた人たちへの救済についても記者会見で「広島県、広島市との協議を踏まえて対応する」と述べるにとどめた。
 松井市長は宣言で「『75年間は草木も生えぬ』と言われた広島は今、復興を遂げ、平和を象徴する都市になっている」と指摘。新型コロナの脅威を引き合いに、世界が連帯する重要性を強調した。式典への参加を断念した国連のグテレス事務総長はビデオメッセージで「国際的な核不拡散・軍縮制度を強化しなければならない」と話した。
 式典には83カ国と欧州連合(EU)の駐日大使らのほか、田上富久長崎市長も出席。参列者は原爆投下時刻の8時15分に黙とうをささげた。広島市の小学生から選ばれた子ども代表で、いずれも6年生の大森駿佑君(12)と長倉菜摘さん(12)が「平和への誓い」を宣言。被爆ピアノの伴奏による歌も披露された。
 この1年間に亡くなったり、死亡が確認されたりした4943人の名前を加えた原爆死没者名簿が式典で原爆慰霊碑の石室に納められた。記帳された死没者総数は32万4129人となった。被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は今年3月末時点で13万6682人。平均年齢は83.31歳と高齢化が進む。
 「黒い雨」を巡っては、広島県内の84人と遺族が被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で、広島地裁が先月29日、県と市に手帳交付を命じる判決を出した。

 広島への原爆投下 1945年8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」がウラン型原子爆弾の「リトルボーイ」を広島市に投下。市中心部の広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)付近の上空約600メートルで爆発し、熱線や爆風で街の広範囲が瞬時に壊滅した。爆心地の地表温度は3000~4000度に達した。当時の人口約35万人のうち、45年末までに約14万人が死亡したとされる。現在も多くの被爆者が、放射線の影響によるがんなどの病気や健康不安に苦しんでいる。

(共同)

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