一律10万円で迷走する官邸 自民、公明はその時

2020年8月7日 06時00分

美々卯京橋店の閉店のお知らせ=東京都中央区で

<検証・コロナ対策11>
 東京など7都府県に緊急事態宣言が発令されて9日後の4月16日。うどんすきの名店「東京美々卯」の池袋店で店長を務める男性(44)は突然、経営陣から「会社を清算する」と告げられる。休業から2週間もたっていなかった。「まさか会社がなくなるとは…」。4人の子を抱え、頭が真っ白になる。
 この日、首相の安倍晋三(65)は宣言の対象を全都道府県に拡大すると発表する。「すべての国民にさらなる協力をいただくことになる」として、1人10万円の現金を給付する支援策を明らかにした。退職合意書にサインするしかなかった店長の男性。コロナ関連の支援は10万円の給付金だけだが、それもまだ届かない。

◆目玉の現金給付、迷走


 厚生労働省によると、コロナの影響で勤め先から解雇や雇い止めにあった人は、見込みも含めて7月29日までに全国で4万人を超える。安倍が4月7日に「雇用と生活は守り抜いていく」と決意を表明した支援策は、迷走や遅れが表面化している。
 安倍政権の経済政策「アベノミクス」も、新型コロナウイルスの前にはひとたまりもなかった。今年3月の月例経済報告。政府はコロナの影響で「厳しい状況にある」と、景気判断を大幅に下方修正する。
 経済を立て直すための目玉事業が、家計支援の現金給付だった。ところが、政府・与党は「1人あたり10万円」を決めるまで迷走する。緊急事態宣言後にさまざまな自粛を求める一方、支援策は行き渡るのに時間がかかっている。

◆一律10万か限定30万か

 与党内では当初、全国民に一律給付か対象を絞るかで意見が割れた。「迅速に支給することが大事だ」と、自民政調会長の岸田文雄(63)が生活困窮世帯への限定給付を主導。4月3日に首相の安倍晋三(65)から了承を取り付ける。安倍は7日に「減収世帯に30万円」を閣議決定し、補正予算案に盛り込んだ。
 だが、与党内では「実際にもらえる人は少ない」との異論が相次ぐ。「1人10万円」を主張していた公明の幹部は「どうなってるのか」と不満をあらわに。「一律10万円の給付を求める切実な声がある。速やかに実行に移せるよう政府に申し入れる」。14日、自民幹事長の二階俊博(81)が表明すると事態は動きだす。

◆スピード重視が一転

 翌日、公明代表の山口那津男(68)は官邸で安倍と会談。「総理に決断を促した」と、珍しく怒ったような表情で語る。与党の不満を受け、安倍は16日、「1人10万円」への方針転換を発表した。
 スピード重視で決めたはずの「30万円」に対し、給付を所管する総務相の高市早苗(59)まで「一律給付のほうが早く行き渡る」と発言。閣議決定までした支援策は1週間余で覆る結果に。「こんなの前代未聞だよ」。政府・与党内で予算の合意を積み上げてきた財務省の幹部はあきれた。

◆しわ寄せは自治体に

 政府が「減収世帯に30万円」を打ち出した7日、総務省は申請手続きや減収の確認方法をまだ決めておらず「詳細はこれから」としか説明できなかった。戸惑ったのは、給付の窓口となる自治体だ。8日、東京都港区役所には約70件も問い合わせがあった。担当者は「国から具体的な説明がなく答えようがない」と漏らした。
 区は事業者向けの融資も始めており、窓口を訪ねる人は増えていた。「これに30万円給付が重なったら、かえって感染リスクが高まる」と懸念。詳細を説明できないことで、窓口が混乱しないかも心配だった。
 30万円給付が取りやめになると、「1人10万円」の事務作業が新たな仕事になる。これも混乱を招いた。住民のオンライン申請内容を1件ずつ手作業で確認。窓口には暗証番号を忘れた住民が詰め掛け、過密状態を招く自治体もあった。

◆疑惑の持続化給付金

 政府の迷走は家計支援にとどまらない。売り上げが急減した中小企業を支援する持続化給付金では、申請しても支給に時間がかかるケースが目立った。委託先の不透明な選定や、再委託による利益の「中抜き」疑惑も発覚した。
 うどんすき店「東京美々卯」は5月、「感染拡大など諸般の事情」で全6店を閉店する。退職に追い込まれた池袋店の男性店長(44)は「補償なき自粛が続いていた。国の支援にもう少しスピードがあれば、経営陣も考え直してくれたのかな、という思いはある」と話した。

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