大師、最後まで諦めず 多田主将「好機に1本出ず悔しい」 高校野球県独自大会

2020年8月7日 07時18分

6回のピンチでマウンドに集まり、エースの原選手(背番号1)を励ます大師ナイン=中栄信金スタジアム秦野で

 高校野球の県の独自大会で六日、大師(川崎市川崎区)が中栄信金スタジアム秦野で行われた2回戦で横浜平沼に1−2で敗れ、初戦で姿を消した。昨夏の神奈川大会では4回戦まで進んだだけに選手は悔し涙を流した。それでも、九回に1点差に迫り、「最後まで諦めなかった」と胸を張った。 (安田栄治)
 八回まで5安打を重ねて五回以外は毎回走者を出して相手の長身左腕を苦しめた大師。九回は安打と死球、パスボールで無死二、三塁と攻め、9番・原優介選手(3年)の右犠飛でやっと1点をもぎ取った。だが、さらに続いたチャンスで後続が倒れ、あと一歩及ばなかった。
 2度の好機を生かせなかった主将で1番の多田空大(ひろと)遊撃手(3年)は「みんながチャンスを作ってくれたのに1本が出なかったのが悔しい」と責任を一身に背負ったが、主将を責める選手は一人もいなかった。
 3年生が入学した2年半前、野球部には20人を超える新入部員が入った。しかし、チーム運営についていけないなどの理由で部を辞める選手が続いた。多田主将は「自分たちの代は問題が多くて、チームをまとめられなかった」と複雑な思いがよぎりながら最後の夏を迎えたが、24人の選手登録のうち、背番号12までを占めた3年生の結束は固かった。
 三回からマウンドに立ったエースの原選手は「チームを救うのがエースの仕事」と四回1死三塁でスクイズを封じ、六回無死満塁のピンチでは切れのある変化球を軸に無失点に抑え、劣勢のチームを最後まで鼓舞し続けた。
 小山内(おさない)一平監督は「一つは勝たせてやりたかった」と唇をかんだ。「でも、多田がまとめた多田のチーム。みんな良く戦った」と優しい目で選手を見つめた。

◆白血病の主将 野球できる喜び 平塚江南の井上選手

 平塚球場(平塚市)で初戦を迎えた平塚江南の井上颯大(そうた)主将(3年)=写真=は一回表、先頭打者として打席に立った。四球を選ぶと、笑顔で一塁に走った。「体が覚えていた」
 昨夏の県大会では2年生で唯一ベンチ入りしたチームの要は昨年八月、原因不明の体調不良に襲われた。救急車で運ばれ「急性リンパ性白血病」と診断された。医師に「野球に戻れるかは五分五分だ」と告げられ、自然と大粒の涙がこぼれた。
 つらい治療が始まった。倦怠(けんたい)感や吐き気でベッドから起き上がれない。髪の毛は抜け体重は15キロ減った。今年三月まで入退院を繰り返し、闘病を続けた。
 退院後はリハビリを重ね練習を心から楽しんだが、大会直前の七月下旬、熱を出し再び入院。肺炎と診断された。「何としても元気になってベンチに入りたい」。願いが体にも伝わったのか、高熱は下がり、試合前日に退院した。
 心待ちにした最後の夏。一塁を踏んだ後、すぐにベンチに下がったが、チームを勢い付ける先制点につながった。三回のピンチでは伝令としてグラウンドに現れて笑顔で盛り上げ、仲間を引っ張った。
 試合は2−7で相模原弥栄に敗退したが、「1年前、ここに戻れると思えなかった。みんなに感謝の気持ちでいっぱい」。試合に敗れた悔し涙とともに、野球ができた喜びをかみしめた。 (丸山耀平)

関連キーワード

PR情報

神奈川の新着

記事一覧