専門家を押しのけ緊急事態宣言を解除 直前に知った「前倒し」

2020年8月8日 05時50分
<検証・コロナ対策 12>
 政府が首都圏の1都3県と北海道の緊急事態宣言を継続すると決めた5月21日。首相の安倍晋三(65)はこの5都道県についても、4日後に解除の可否を判断する考えを表明した。
 政府専門家会議のメンバーは安倍の発言に驚いた。政府から「1週間後の28日に判断する」と伝えられていたからだ。毎日のように政権幹部らと意見交換していた副座長の尾身茂(71)でさえ、判断の前倒しを知ったのは直前だった。
 尾身は、経済再生担当相の西村康稔(57)に「前倒しするなら国民に説明する必要がある」と強い懸念を伝える。だが、政府側の意思は固かった。「(新規感染者の少なさは)いい数字が出ている。経済を考慮すれば一日でも早く解除したほうがいい」。政府高官は22日にこう話した。

◆経済への影響を懸念、専門家会議の見解に介入

 専門家の意見を仰いできた政府は、感染が収束しつつある時期に主導権を強めていた。その後、独自に危機感を訴えてきた専門家会議を廃止し、経済の専門家を入れた分科会をつくる。感染が再拡大するいま、分科会は政府に追従する姿勢が目立っている。
 「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」(2月24日)、「オーバーシュート(爆発的な感染拡大)につながる恐れがある」(3月19日)

記者会見する新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の(手前から)尾身茂副座長、脇田隆字座長ら=6月24日、東京・内幸町の日本記者クラブで


 政府専門家会議は、ときに強い口調で新型コロナウイルスへの警告を発してきた。緊急事態宣言の期間を含む2~5月に見解3件、提言7件などを発表。「積極的に発言するのがわれわれの責任だと覚悟して歩んできた」と、副座長の尾身茂(71)は本紙の取材に語る。
 2月末、首相の安倍晋三(65)が専門家から意見を聞かずに一斉休校を要請して批判を浴びると、専門家会議の存在感は高まった。安倍も「専門家の意見を踏まえ」と繰り返すようになり、専門家のお墨付きを後ろ盾として利用し始める。
 ところが、感染が拡大する4月になると、政治と専門家の間に溝ができる。感染拡大を抑えたい専門家の強い情報発信に対し、政府は経済への影響を懸念。見解に介入するようになる。

◆折衷案「最低7割、極力8割」

 4月に発令された7都府県への緊急事態宣言に先立ち、厚生労働省のクラスター(感染者集団)対策班で感染予測を手掛ける北海道大教授の西浦博(42)は「人の接触を8割減らせば感染は4週間で落ち着くが、7割だと9週間かかる」と試算。専門家会議も「8割減」で一致した。
 ところが、宣言前日の4月6日、政府は「国民から賛同を得られない」と横やりを入れる。尾身は安倍と会い、「8割減がどういうふうに一般の社会に受け入れられるのかが、(安倍の)非常に強い関心だ」と受け止めた。結局、尾身の折衷案「最低7割、極力8割」が公表される。西浦はツイッターで「7割は政治側が勝手に言っていること」と不満を示した。
 宣言期間中の5月1日、専門家会議は提言案に「1年以上の長期戦を覚悟する必要がある」と盛り込むが、政府の意向で削られる。宣言で経済が停滞したと懸念する政府内では「一日でも早く解除を」との声が高まっていた。

◆解除の基準で政府側が攻勢

 解除の基準でも、政府側は攻勢を強める。専門家会議の案は「1週間で10万人当たりの新規感染者が0・5人以下」だったが、政府側は「これではいつまでたっても解除できない」と難色を示した。「1人程度以下の場合は総合的に判断」との文言が加わり、専門家の案は骨抜きになる。
 25日、安倍は東京など残る5都道県の宣言解除を発表する。「社会経済活動を厳しく制限するやり方では仕事や暮らしが立ちゆかなくなる。経済再生こそが安倍政権の一丁目一番地だ」と強調した。北海道や神奈川県は「0・5人」を上回ったが、「総合的な判断」で解除になった。
 「どうせ彼らは好き勝手言う」。官邸内からは専門家会議を突き放すような発言も漏れた。基準を審議した専門家の1人は「政治主導でやったものだ」と話した。

◆残る火種を承知で解除

 政府の宣言解除を追認した別の専門家は、本紙にこう打ち明けた。「感染はくすぶり続けるけど、みんな分かった上で合意した」。専門家会議は7月に分科会へと衣替えする。新メンバーらから聞こえてくるのは経済とのバランスだ。
 物言う専門家の姿勢は鳴りを潜めた。「くすぶり続ける」と予想された火種はいま、感染の再拡大として燃え広がりつつある。(敬称略、肩書は当時)=おわり
 (森川清志、中沢誠、井上靖史、藤川大樹、村上一樹、原田遼、望月衣塑子、原昌志、小倉貞俊、松尾博史、岡本太が担当しました)

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