元特攻隊員の100歳と97歳兄弟 「戦争反対しなかった」悔いと「伝える義務」<つなぐ 戦後75年>

2020年8月8日 14時00分

「特攻 最後の証言」を出版した岩井忠正さん(左)と忠熊さん=都内で


 兄弟で旧日本海軍の特攻隊に志願し、生き残った100歳と97歳の2人が、終戦から75年を迎えるのを前に、当時を振り返る「特攻 最後の証言」を出版した。「戦死を覚悟するぐらいなら、なぜ死ぬ気で戦争に反対しなかったのか」。悔恨と、二度と悲劇を繰り返さないという思いを込めた。 (梅野光春)

昨年、東京都内で行われた講演会で特攻隊の経験を語る岩井忠正さん(左)と忠熊さん(右)。中央後方は忠正さんの長女直子さん=岩井直子さん提供

◆講演の内容を基に出版

 兄の岩井忠正さん(100歳)=東京都武蔵野市=と弟の忠熊さん(97)=大津市=が「記憶が確実なうちに若い人に伝えたい」と、昨年11月に都内で2人そろって講演した内容を基に、対談形式でまとめた。

◆「この戦争で死ぬと考えていたから志願」

 2人は学徒出陣で1943(昭和18)年12月、海軍に入隊。「この戦争でほとんどの兵士が死ぬと考えていたので、特攻隊に志願した」という。慶応大生だった忠正さんは人間魚雷「回天」と、機雷を付けた棒を持って海に潜る「伏龍」の訓練を受けた。出版した本では、あいさつをしないだけで殴られ、潜水中に気を失って入院したなどの軍隊生活を回想している。
 電話取材に、忠正さんは「戦争中は国民が国の主人公ではなく、国のために命をささげよと教えられた。その延長が特攻という自殺戦術」と振り返る。「もう戦友はほとんど残っておらず、私には後世に伝えていく義務がある。死ぬ覚悟があったのに、戦争に反対しなかった点に、私の戦争責任を感じている」と力を込めた。

◆少年時代から満州事変そして敗戦まで

 京都大生だった忠熊さんは、木製ボートに爆薬を仕込んで敵艦に突っ込む「震洋」の隊員。沖縄に向かう途中の輸送船が米潜水艦に撃沈され、海に3時間漂い、生還した。復員後「なぜ無謀な戦争に突入したのか」を掘り下げようと京大で日本近代史を研究、立命館大で教授を務めた。

岩井さん兄弟の戦時中の体験をまとめた『特攻 最後の証言』」

 中国・大連で少年時代を過ごした2人の思い出話も本に盛り込み、31年に始まった満州事変から戦線の拡大、敗戦までを概観できる。編集に当たった出版プロダクションを営む山下隆夫さんは「特に10代から30代の人たちに、戦場で若い命が失われた事実を知ってほしい」と話す。
 46判、167ページ、1200円(税別)。問い合わせは河出書房新社=電03(3404)1201=へ。

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