戦争のない被爆100年を目指して 被爆3世、国際署名リーダー 林田光弘さん

2020年8月9日 06時00分
 長崎は9日、被爆75年を迎える。被爆者の平均年齢が83歳を超え、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない世界で、若い世代は核廃絶への思いをどのように受け継いでいくのか。長崎市出身の被爆3世で、ヒバクシャ国際署名のキャンペーンリーダーを務める林田光弘さん(28)に聞いた。(木谷孝洋)

自身の活動や平和などについて語る「ヒバクシャ国際署名」キャンペーンリーダーの林田光弘さん

 ヒバクシャ国際署名 2015年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が、核保有国と非保有国との対立で決裂し、危機感を持った被爆者団体が翌16年から始めた署名活動。核兵器のない世界の実現を目指し、全ての国に核兵器禁止条約への参加を求めている。今年3月末で約1184万筆が集まった。9月18日までの署名期間終了後、国連総会に提出する。

―署名活動に関わったきっかけは。
 「安全保障関連法に抗議する学生団体、SEALDs(シールズ)の1員として活動していた2015年の年末に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)から声をかけられてリーダーになった。シールズのように世代や党派を超えたムーブメントを核廃絶でも起こせたらと思って。署名活動という古くさいツールをどう活用できるか、やりがいも感じた。被爆者も高齢となり、大きな運動を起こすのは最後になるかもしれないという思いもあった」
 ―被爆者の高齢化が進む中、被爆の実相をどう伝えていくべきか。
 「原爆の被害はあまりにも悲惨なので、広島と長崎の被害は一緒くたに語られがちだ。でも、当然ながら地形も文化的な背景も違うし、被爆者が被爆の現実にどう向き合ってきたのかも違う。それぞれが違うということを認識し、伝えていけば、自分の地元が『第三の被爆地』になったらどうなるかと考えることにつながる。ローカライズ(現地化)することで核兵器の悲惨さのリアリティーが見えてくると思う」
 ―新型コロナの感染拡大で被爆者の活動も制限されている。
 「今年は全国各地で小さな証言会を開いて、参加者と被爆者が名前で呼び合える関係をつくっていこうと計画していた。新型コロナの影響でそれができなくなった。代替としてオンラインでの証言会をやったが、収穫もあった」
 ―どんな収穫か。
 「一つは若い人の参加のハードルが下がったこと。高校生や大学生が30人から50人ほど参加してくれたが、通常の証言会ではなかったことだ。もう一つは、活発な質疑応答ができた点だ。北海道から沖縄までの若者が被爆者の話を聞いた上で議論することは貴重な学びの場になったと感じた」

核廃絶を願って若者らが参加する平和活動

 ―被爆者の活動は引き継げるか。
 「被爆者の人たちと同じことをやるのは不可能だと思う。私たちがどれだけ勉強しても、あの日の感覚は肌では分からない。それでも、平和に関心があり、戦争経験者の声をつないでいこうとする若者は増えていると感じる」
 ―活動を続けてきて、思うことはあるか。
 「私は最近、被爆100年をどう迎えるのかということを考えている。これからの25年を日本は戦争をせずに過ごし、被爆100年を戦後100年で迎えるということが、被爆者に贈れる最大の感謝ではないか。被爆者がいなくなる戦後100年を考えたときに、当事者意識を持って活動する人を全国に何人つくれるのかがすごく大事なことだと思う」

 はやしだ・みつひろ 1992年、長崎市出身。爆心地に近い同市浦上地区で育ち、高校生1万人署名や高校生平和大使の活動に参加する。明治学院大に在学中、SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)の創設に参加し、中心メンバーとして活動。現在は会社務めの傍ら、被爆者の証言会などを続けている。

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