<かながわ未来人>赤い「還ジャン」をデザイン スカジャン絵師・横地広海知(よこちひろみち)さん(39)

2020年8月10日 07時12分
 スカジャン発祥の地とされる横須賀市の「ドブ板通り商店街」のショップが、還暦を迎えた人に贈る赤い「還ジャン」を発売し、デザインを担当した。光沢のあるサテン生地の背中に竜、トラ、富士山が刺しゅうされ、胸には、これまで描かれなかったイノシシなど贈られる人の干支(えと)が入れられた。
 「物心ついた頃から、友だちと遊ぶより、家で絵を描くことが好きだった」。名古屋市で生まれ育ち、小学一年から二年間は、油絵画家の父が留学した大学のあるパリで暮らした。進学した大学と大学院では心理学を学んだが、「一生の仕事にしたい」と絵に回帰。IT企業などでウェブ制作などのノウハウを身に付け、二十七歳で独立し、広告宣伝を手掛ける事務所を横須賀で始めた。
 「もともと派手な服が好きで、憧れだったスカジャンをいつか作りたい」という夢もあり、二年前、ショップの並ぶドブ板通り商店街に事務所を移転。還ジャンを企画していた店主の一本(ひともと)和良さん(58)と知り合い、「スカジャンの絵を描いてよ」と頼まれた。
 渡されたビンテージものの書籍を開き、クオリティーの高さに感動。「昔の刺しゅう職人が見て、『これは俺たちの柄だ』と言ってくれるようなものにしたい」と考え、スカジャンの歴史やデザインの変遷を学ぶ資料を探したが、商店街にはほとんどなかった。
 頼みの綱は、米国人が古着を出品するオークションサイトだった。得意のデジタル技術を使い、ミシンで描かれた絵や文字のタッチを分析。全盛期だった一九五〇年代のスカジャンを参考に、力強く味わいのある絵柄を完成させた。
 従来、絵柄の確認は刺しゅうの仕上がり後しか確認できなかったが、縫い上がりを反映した下絵を描くことで、顧客との商談をスムーズに進められる副産物も生まれた。「本来の柄に手軽な商品で触れてもらい、ファンを増やしたい」と一本さんと話し合い、スカジャンを着たネコの缶バッジやTシャツなど幅広い商品展開を図る。
 「横須賀の文化を残し、伝えたい」と二人で立ち上げた「ドブ板スカジャン研究会」は、資料となる写真や関係者の証言を着々と収集。市内に数人しかいない刺しゅう職人の育成も目指し、「『横須賀にスカジャンを作りに行こうよ』と気軽に言われる街にしたい」と目標を定める。(村松権主麿)
<スカジャン> 「ヨコスカジャンパー」の略。第2次世界大戦後、横須賀市にあった旧日本海軍の拠点を米軍が接収し、駐留した米兵の土産として作られた。横地さんによると、当時の米国には訪れた土地の名前や風物を、その地の技法で服などに描く文化があり、スカジャンにはオリエンタルな柄や米兵自身の名前、部隊名などが刺しゅうされた。朝鮮戦争で米兵が増えた1950年代が全盛期という。

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