終戦から75年 3世代の声

2020年8月10日 07時40分
 第二次世界大戦の終了から、もうすぐ七十五年の節目を迎える。終戦の一九四五年、高度成長の中の七〇年、平成に入り大災害・事件が相次いだ九五年。二十五年おきに生まれた三世代に、戦争について聞いた。

<終戦から75年> 1945年に終わった第2次世界大戦の犠牲者は、民間人を含めて5000万人以上といわれる。日本の犠牲者は310万人。70年は16年に及んだ高度経済成長の最後の年。大阪で万博が開かれ、入場者は6400万人に及んだ。12月には沖縄でコザ暴動が起きている。95年は阪神大震災、地下鉄サリン事件が発生し、社会不安が高まった。沖縄では3人の米兵が女子小学生を拉致、乱暴する事件が起き、沖縄中が怒りに包まれた。

◆核軍縮実現へ努力を 大阪大名誉教授・黒沢満さん

 終戦の年の秋、国連が発足しました。総会の第一号決議の内容は「核軍縮」です。国連憲章が掲げる「武力行使の禁止」「紛争の平和的解決」「国連の集団的措置」と合わせ、重要な四原則と私は考えています。
 三年前に採択された核兵器禁止条約の特徴の一つは、人道的アプローチを採用している点です。核兵器は人類を滅亡に追いやる。それは人道に反する。「人類の安全保障」という新しい考え方です。従来の議論は政治的、法的なアプローチを採り「国家・国際の安全保障」という概念に基づいていました。
 この条約には核兵器保有国が参加していないので、発効しても何も起きません。核兵器は一つも減らないし、北朝鮮の核開発問題の解決にもつながらない。しかし、条約に期待されているのは短期的な効果ではありません。世論を動かし、世論が各国政府を動かす。そして核兵器の廃絶を目指す。そういう長期的な視点に立っています。
 日本は条約に参加していません。米国の核の傘の下にあるからです。しかし、それは確実な約束でしょうか。もしも今、日本が北朝鮮から核攻撃を受けたとしたら、米国はどうするか。核兵器は使わない可能性の方が高いと私は思います。そもそも核兵器には本当に抑止力があるのでしょうか。日本政府も安全保障政策を真剣に考えるべき時が来ています。
 核軍縮の動きは停滞もしくは後退しています。中距離核戦力(INF)廃棄条約は、冷戦終結につながった重要な条約ですが、米国の離脱によって失効しました。来年二月が期限の新戦略兵器削減条約(新START)が延長されるかどうか。注目すべきポイントです。
 米国でトランプ政権が誕生してから米ロ、米中の関係は悪化し、核軍縮をめぐる状況は最悪です。まずは、米中ロの間で対話を始め、信頼関係を築くことが大切です。そうでなければ、再び軍拡競争に向かう危険性があります。
 核兵器の数は、冷戦期と比べれば減っています。それでも、人類を五回以上絶滅させることができる数です。もっと減らさないと、意味がありません。過去七十五年間、核兵器は使われていません。この期間を延ばしたい。世界平和のため、国連の四原則の実現に向けた努力を続ける必要があります。
  (聞き手・越智俊至)

<くろさわ・みつる> 1945年、大阪府生まれ。博士(法学)。専門は軍縮国際法。日本軍縮学会初代会長。著書に『核兵器のない世界へ』(東信堂)『核軍縮は可能か』(信山社)など。

◆排外主義的動き警戒 甲南大教授・田野大輔さん

 今回のコロナ禍で見られた「自粛警察」の動きに危機感を持っています。広い意味での「ファシズム」に通じる危険な兆候だと思います。
 政府は緊急事態宣言を出して外出や店舗営業の自粛を要請しました。あくまで「お願い」で、対応を人々の自己責任と相互監視に委ねたわけです。その結果、要請に従わず営業を続ける店や外出する人を通報する自粛警察なる人々が現れました。
 なぜこうした現象が起こるのか。根底にあるのは感染に対する不安です。これが自己責任・相互監視と結びつくと、身勝手な行動を取るから感染するのだという考えが生じます。自分はちゃんと自粛しているから安全だと思いたい。そういう疑心暗鬼から、要請に従わない人を攻撃するのです。
 彼らはまた、政府という大きな権威を後ろ盾に自分も小さな権力者になり、他人に権力を行使することに快感を覚えています。ファシズムの仕組みと同じです。ナチス時代にゲシュタポ(秘密警察)の活動を支えたのも一般市民からの密告でした。
 政治家やマスコミがあおった面もあります。この間、特定の人々が次々とやり玉に挙げられました。中国人観光客、営業を続ける飲食店、そして「夜の街」の人々。一般大衆が持つ攻撃的な感情をあおりながら、相互監視で社会をコントロールする。非常に危険なやり方です。
 私は三月初めから研究のためベルリンに滞在しています。ドイツでは日本よりコロナの感染者も死者も多く、一時は混乱もありました。しかし、日本のような同調圧力は感じません。
 ドイツでは、五月八日が終戦の日です。ベルリンでは今年、その日が祝日になりました。七十五年という節目に、戦争の意味を皆で考えようという目的です。過去を反省する姿勢は、ドイツ国民のアイデンティティーになっています。ドイツは過去を反省しているが、日本はそうではない。国際社会では、これが一般的な見方です。当たっているところもあるでしょう。
 今日の日本で、戦争の危機が差し迫っているとは思いません。正式な軍隊もなく、軍部が強い発言力を持っていた戦前とは単純には比較できません。しかし、コロナ危機の中で特定の人々を排斥する排外主義的な動きが強まっていることは、大いに警戒すべきだと思います。
 (聞き手・越智俊至)

<たの・だいすけ> 1970年、東京都生まれ。専門は歴史社会学、ドイツ現代史、ナチズム研究。博士(文学)。著書に『ファシズムの教室』『愛と欲望のナチズム』『魅惑する帝国』など。

◆違い認め合える人に タレント・りゅうちぇるさん

 沖縄では、戦争でつらい体験をして「思い出したくない」という方が多いと思うんですが、それでもその体験を僕たち若い人間に伝えてくれているんです。小学生の時、元ひめゆり学徒隊の方々が話をしてくださったのをよく覚えています。
 「今ある幸せは当たり前のことじゃないんだよ」ということを伝えるために、勇気を振り絞って語ってくれるおじいやおばあの存在は大きいですよ。だから沖縄では、この島で戦争の悲劇があったことを受け継ぎ、二度と起こさないという意識が強いんですね。
 六月二十三日の「慰霊の日」は、給食も芋やジューシー(沖縄風炊き込みご飯)など当時の料理になります。全然おいしくないんですが、こんなものを食べていたのかと一口で分かる。昔のことをちゃんと、心だけでなく体にまで染みるように経験するんです。その日の正午には、すべての人が手を止めて「うーとーとぅ」=沖縄方言で祈り(の言葉)=をささげます。
 それが当たり前と思っていたから、上京した時はギャップの大きさに驚きました。みんな戦争のことを知らない、考えない、黙とうもしない。ある意味、幸せなことなんでしょう。でも、どれほど幸せなことかを感じるためにも、昔何があったのか、どうして戦争が起きたのか、そして戦争のせいで関係のない子どもたちも犠牲になったという事実を知るべきだと思います。
 例えば、「火垂るの墓」や「対馬丸−さようなら沖縄−」のようなアニメ映画を見るのも一つです。かわいそうな話で、見るのはきついですが、戦争ってそういうもの。自分には関係ない話じゃない。僕は二年前に子どもができました。こういう状態で戦争が起きたらどうなるかと考えると、ますます戦争は人ごとじゃないんです。
 どうしたら戦争はなくなるんでしょうね。集団の場合、自分が正しいと言って意見を強要すると衝突します。国同士もそういうことでしょうか。衝突を避けるには、自分が納得できないときでも結果だけを見るのではなく、どうしてそうなったのかという本質を見てコミュニケーションを取るべきです。いろんな人がいろんな考えを持っていることを認め合う。みんなにそう呼び掛けたい、というよりも、まず僕がそういう柔らかい人間になろうと思っています。
 (聞き手・大森雅弥)

 1995年、沖縄県生まれ。雑誌の読者モデルで注目され、バラエティー番組などに多数出演。歌手としても活躍、昨年4月、作詞も担当したデビューアルバム「SUPER CANDY BOY」を発表。


関連キーワード

PR情報