たったひと言でレスリングをあきらめかけた 女子世界王者アデリン・グレーさん

2020年8月17日 13時54分

アデリン・グレー選手=Theo Lowenstein氏撮影、世界レスリング連合提供

 「タイトル・ナインのおかげで今の自分がある」。こう語り、米レスリング界で女子選手の地位向上を訴えるオリンピアンがいる。世界一に5度輝いたアデリン・グレーさん(29)。来年の東京五輪で金メダルを目指す世界王者がビデオ会議システム「Zoomズーム」を使った本紙とのインタビューで、自らの経験と今後の抱負を語った。 (聞き手・岩田仲弘)

◆「女子はだめだ」入部を断られた時に

 ―レスリングを始めたきっかけは。
 「父は私にボクシングをやらせたかったようだが、母は反対した。母方の親類にレスリング経験者が多く、母が、米国代表だったおじの試合をよく見に行ったこともあり、レスリングに決まった。当時6歳。ユニフォーム姿がかわいい、といった程度だったと思う。10歳のころ、母はバスケットボールを勧めた。私はもうレスリングに夢中で、母はその後もあれこれ違うスポーツを勧めたが、私は変えようと思わなかった」
 ―中学校でレスリング部への入部を断られたとか。
 「中学入学前に私はすでにジュニアで頭角を現していた。当然のように入部テストを受けに行ったら、男性コーチに『女子はだめだ』『女子チームはない』と断られた。帰宅して母に告げると、母は『ああ、それは違法だ』と教育委員会の役員だったおばにすぐに電話した」
 「母はタイトル・ナインの熱烈な信奉者で、私も当時、すでに法律を知っていた。母は(元女子プロテニス選手でスポーツの性差別解消を目指している)ビリー・ジーン・キングさんの大ファンでもあった」

 タイトル・ナイン 連邦教育改正法第9編の通称で「何人も、連邦政府から助成を受けている教育プログラムや活動で性別を理由に排除されたり、利益の享受を拒否されたり、差別を受けたりすることがあってはならない」と定める。オバマ前政権は性差別にはセクハラや性暴力を含み、差別を禁じる対象にはトランスジェンダーも含まれるとする通達を出した。

 ―電話の結果は。
 「翌日、女性の校長が教室までやって来て『申し訳なかった。入部を拒否したのは学校の意思ではない。ぜひ学校のチームに入ってほしい』と言われた。たった1人のひと言でレスリングをあきらめかけた時に3人の女性に救われた。当時はことの重大さに気付いていなかった。今は、女性が指導的立場にいることがいかに重要か痛感している」

◆「女子だから」対戦を避けられたことも

 ―練習や試合の相手はいつも男子だった。
 「高校生になって(地元コロラド州の)五輪トレーニングセンターでの全米女子キャンプに参加した時、初めて女子と戦った。それでも年間、男子との対戦が30~40試合、女子は5~8試合だった」
 ―女子選手と戦うのをいやがる親もいたというが。
 「信仰上の理由で私との対戦を避けたり、私がいるだけで、トーナメントに参加しない学校もあった。ある友人の男子が、私と試合で戦わなければならなかったとき、『戦ったら祖母が口をきかない、と言っている。済まない』と、とてもしんな態度で棄権を告げてきた。『あなたと祖母の関係を台無しにしてまで戦いたくない』と、当時は受け入れたが、彼の祖母の考えは理解できなかった。そのたびに、両親は不戦勝と思えばいい、とかばってくれた」

◆私が今あるのはタイトル・ナインのおかげ

2019年11月、女子の国別対抗戦、ワールドカップ決勝で世界選手権に続き皆川博恵選手(左)を破ったグレー選手=Sachiko Hotaka氏撮影、世界レスリング連合提供

 ―タイトル・ナインの重要性を訴えている。
 「米国、世界にいまだに女性はレスリングをすべきではないという人がいる中、私が今あるのはタイトル・ナインのおかげだ。レスリングの機会を与えてくれただけでなく、バスルームやロッカールームへのアクセスなどが保証され、安心してプレーできるのもこの法律があるからで、感謝している」
 ―女子レスリング界は遅れているのか。
 「毎年、ビリー・ジーン・キングさんが設立した女性スポーツ財団のイベントに出席するたびに、レスリング界がまだ遅れていることを実感する。ただ、大学の奨学金制度や強化コーチの受け入れが充実しつつあるなど、良い方向に進みつつある。近く全米大学体育協会(NCAA)主催の選手権を実施できるようになるだろう。そうなれば環境はもっとよくなる」
 「その点、日本は優れている。草の根のプログラム、トップレベルのコーチの受け入れなど、いずれもすばらしく、長年の投資が報われている。早く追いつきたい。ライバルだが、ファンでもある」

◆東京五輪 日本選手と1、2位を占めたい

 ―東京五輪が新型コロナウイルスの影響で延期となった。影響は。
 「五輪トレーニングセンター(の宿舎)に住んでいたが、3月に閉鎖されて、まず自宅を探さなければなかった。マット上での練習はなかなかできない。幸いレスリングコーチの妹が一緒にトレーニングを手伝ってくれる。1年は長いがやるべきことをやるしかない」
 ―あらためて東京五輪に向けた抱負を。
 「日本は開催国として表彰台の独占を目指してくるだろう。私たち米国も一生懸命練習して、追いつきたい。私自身も日本と表彰台の1、2位を占めたい。もちろん私が日本(の選手)を倒して」

 アデリン・グレー 米西部コロラド州デンバー出身。4人姉妹の長女。世界選手権は2012年に初優勝して以来、14、15、18、19年に優勝。16年リオ五輪は準々決勝で敗退。インスタグラムは@adelinegray

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