狙う頂へ、スマッシュ クロスミントン・西村昭彦

2020年8月12日 13時00分

ショットを放つ西村昭彦選手=いずれも品川総合体育館で

 ヒューン、ヒューンと甲高い音が体育館に響く。ラリーの攻防はバドミントンに似ているが、ネットはなく羽根の付いたボールは低空を高速で飛び交う。これがドイツ生まれの「クロスミントン」。国内第一人者の西村昭彦(33)は「いつでも、どこでも楽しめる。競技とエンターテインメント性を両立した新しいラケットスポーツ」と魅力を語る。 
 2月末から東京で開催予定だった第1回アジア選手権大会がコロナ禍で延期となり、西村はすぐに来夏の世界選手権(クロアチア)に照準を切り替えた。目標は男子シングルスでアジア人初の世界王者になること。前回(2019年)、阿部優理菜(25)=青梅市=と組んで優勝した混合ダブルスは2連覇を目指す。
 試合中に相手を分析し、戦術を瞬時に変える引き出しの多さが西村の真骨頂。ここ1年海外での大会に出場していないため、シングルスの世界ランキングは28位にとどまる。「体格差で勝る海外選手に対抗するためにパワー、スピード、テクニックのすべてをレベルアップさせなければ」と世界の頂を見据える。
 そのため、仲間との練習は、体育館での実戦に加え、砂浜での走り込みなどフィジカル強化に重点的に取り組む。外出自粛で始めたオンライントレーニングでは、ラケットスポーツの動きに特化したメニューをこなす。「他の選手もコロナ前よりも確実にレベルアップしている」と手応えを口にした。
 クロスミントンは、「風が吹く屋外でもバドミントンが楽しめたら」と考案された。スピーダーと呼ばれる羽根付きのボールは、材質が硬く、バドミントンのシャトルより少し重い。ラケットのガットは硬式テニスと同じで、軽く打っても勢いよく飛ぶ。スマッシュの最高速度は、時速280キロにも達するという。
 競技コートは5・5メートル四方の正方形を12・8メートル離して2面つくる。ルールも分かりやすく、相手のコート内に落とすか、相手がミスしたら得点が入る。西村は「前方のライン付近に低い弾道で打つのが、相手が一番返しにくい」と、ラリー戦で優位に立つ。

阿部優理菜選手(左)とのペアで世界一に輝く

 西村はもともとバドミントンのトップ選手。社会人になってからは、大手スポーツメーカーのバドミントン部門で商品企画を担当した。ところが14年に会社がバドミントンから撤退。これが転機となった。
 「他のメーカーに移り、バドミントン業界に残るか迷っていた。そんな時期に海外のクロスミントンの動画を見て衝撃を受けた」
 競技の面白さもさることながら、ラケットとスピーダーがあれば、場所を選ばずに楽しめる自由さに引かれた。欧州では夏にビーチで、冬に雪山で楽しむ人も。暗闇でもプレーする。選手や道具に発光素材を付けて打ち合うのだ。
 「新しいラケットスポーツの楽しみ方を日本でも展開したい」。翌15年、本場ドイツに渡り、世界王者から直接指導を受けるなど1カ月間の武者修行を敢行。帰国後は、ドイツの用具販売会社と契約し、日本での販売を任された。日本クロスミントン協会とタイアップし、各地で体験会を精力的に開催。普及活動にまい進した。
 国内競技人口は3000人ほどになり、今ではアジアで最も盛んな国に。今後は日本が世界で勝つために、仲間を一段と強化し、高いレベルで切磋琢磨(せっさたくま)できる環境づくりを目指す。
 西村とのペアで世界一の称号を手にした阿部が感嘆する。「あべちゃんの打ち方はこうだからと、細かいところまでまねしてみせ、的確なアドバイスをする。日ごろからみんなのことを本当によく見ている」
 コロナの収束が見えない中、競技と普及の先駆者は足元を見詰める。「『何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く』を座右の銘に、毎日を大切に過ごしています」 (敬称略)

暗闇で行うブラックミントン。体中に蛍光塗料を塗り、発光スティックが装着されたスピーダーを打ち合う(スピードミントン社提供)

<クロスミントン> 2002年にドイツで考案され、ヨーロッパを中心に40カ国以上で行われている。以前はスピードミントン、スピードバドミントンと呼ばれていたが、16年に現在の「クロスミントン」になった。ゲームは1セット16点の3セット制で、2セット先取した方が勝ち。
 ラリーで激しく打ち合う競技はもちろん、砂浜で行う「ビーチミントン」、雪上での「スノーミントン」、暗闇で光るスピーダーを打つ「ブラックミントン」など多彩な楽しみ方がある。
<にしむら・あきひこ> 青森山田高、中央大でバドミントン選手として活躍。2015年にクロスミントンに出合い、日本での普及活動を決意。ドイツのスピードミントン社で世界王者の指導を受け、同年のジャパンオープンで世界一ペアを破り優勝し注目された。以来、国内の主要大会のシングルス、ダブルスのタイトルをほぼ総なめにしている。19年世界選手権混合ダブルスで日本人初優勝。165センチ、54キロ。品川区在住。
 文・牧田幸夫/写真・芹沢純生

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