<国際編>親日家「台湾民主化の父」死去

2020年8月12日 07時22分

2007年5月、松尾芭蕉像(まつおばしょうぞう)の前で俳句(はいく)をひろうする李登輝元総統=東京都江東区で(AP・共同)

 台湾(たいわん)の最高指導者(しどうしゃ)として民主化を進め、「台湾民主化の父」と言われた李登輝(りとうき)・元総統(そうとう)が7月30日、台北(タイペイ)市内の病院で亡(な)くなりました。97歳(さい)でした。日本の植民地だった台湾で1923年に生まれ、京都大学の前身の京都帝国(ていこく)大学に入学。「22歳まで日本人だった」と話す親日家で、日本語をすらすらと話しました。
 太平洋戦争後、台湾に帰り政治家(せいじか)に。自分たちのことは自分たちで話し合って決める民主化を進め、96年に台湾のトップを決める初めての総統選挙で当選し、台湾の人々が投票で選んだ最初の総統となりました。
 台湾と中国は別々の国とする「二国論(ろん)」を発表し、一つの国だという中国から「独立派(どくりつは)」と批判(ひはん)されました。
 2000年の退任(たいにん)後は、日本を9回訪(おとず)れ、日本と台湾の関係の発展(はってん)に尽(つ)くしました。

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