インパール激戦の記憶 相模原の写真家、痕跡追い作品に 東京・中野で29日まで展示

2020年8月12日 13時50分

写真家の亀山仁さん=東京都中野区で

 太平洋戦争中、補給を無視した無謀な計画で約3万人の旧日本軍兵士が死亡した「インパール作戦」。かつて戦場となったミャンマーの風景や人々の暮らしを撮り続ける写真家、亀山仁さん(53)=相模原市=が「終戦から75年を迎えた今、悲惨な歴史の記憶を後世に残したい」と、同作戦をテーマにした写真展「Tedim Road(ティディム街道)」を東京都中野区の「ギャラリー冬青」で開催している。29日まで。(藤川大樹)
 インパール作戦は連合国による中国・蔣介石政権への援助物資輸送ルートの遮断を目的として、1944年3月に始まった。旧日本軍は、ビルマ(現ミャンマー)から英領下のインド北東部マニプール州インパールの攻略を目指した。しかし、前線への補給が続かず作戦は失敗。雨期の同年7月に撤退を強いられた。

旧日本軍の兵士がかぶっていたヘルメットを頭に載せる少年

 撤退路は飢えや病気で命を落とした兵士の死体であふれ、「白骨街道」と呼ばれた。ミャンマー北西部からインパールへ続く「ティディム街道」もその1つだ。
 亀山さんは昨年8月、「最も悲惨だった撤退時の状況を自ら体感したい」と雨期に合わせて現地へ。4輪駆動車でティディム街道を進み、インパール作戦の残滓を写真に収めた。
 現地は連日の豪雨の影響で、崖崩れや落石が多く、「日本だったら全線通行止めになるほど」。日本軍が駐留した村では、英国軍の空襲に巻き込まれて犠牲になった住民が多くいたとの話も耳にしたという。

室内に置かれた旧日本軍の飯ごうや銃剣

 会場には、日本兵が残したヘルメットをかぶる少年や、砲弾を再利用した教会の鐘など、戦争の痕跡を撮影した計28点のモノクロ写真を展示。亀山さんは「戦後75年を迎え、当時のことを直接語れる人はわずかになった。悲惨な戦争の歴史はもちろん、日本は、アジアに対する加害者という側面があることも忘れてはいけないと思う」と話した。
 入場無料。日曜・月曜・祝日のほか、13~17日は休み。会場で販売する写真や写真集の売り上げの一部は、ミャンマーの教育や医療を支援する個人、団体に寄付する。問い合わせはギャラリー冬青=電03(3380)7123=へ。

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