<つなぐ 戦後75年>戦死した父から届いた戦地の手紙 息子への親心びっしり

2020年8月13日 07時12分

戦死した父からの手紙を手にする田浪政博さん=国分寺市で

 東京大空襲を経験した東村山市秋津町の田浪政博さん(81)が自宅で保管していた戦中、戦後の資料十点が十五日、国分寺市で開かれる平和祈念式に合わせて展示される。戦死した父からの手紙が含まれている。「戦争の悲劇を知り、平和の大切さを考えてほしい」との願いから、戦後七十五年の今年、初めて公開することにした。(服部展和)
 「金拾(じゅう)円送った 政博の入學(にゅうがく)の時使ってくれ」
 父清次さんが母すゑさんに送ったはがきには、小学校入学を控えた田浪さんへの思いがびっしりとつづられている。手紙は一九四四年八月二十七日、旧ビルマ(ミャンマー)で記された。清次さんは四二年、旧満州(中国東北部)に出征。その後の足取りは分かっていないが、四五年に旧ビルマで戦死した。
 四五年三月の東京大空襲で、当時暮らしていた下谷区(現・台東区)の自宅は焼失。田浪さんが中学二年の時、埼玉県幸手市の親類宅に預けていたたんすの中から見つかった手紙が、戦地から届いた父の唯一の遺品となった。田浪さんは「親心が込められた手紙を読むと泣けてくる」と話す。
 東京大空襲による大火の中、母に手を引かれて近くの公園へ、さらに小学校の校舎へと逃げ延びた。二日後、疎開のため栃木県の親類宅へ向かう途中、悲惨な光景を目の当たりにした。道端に犠牲者の遺体が積み重ねられていた。「それが戦争の現実だ」と力を込める。

戦死した田浪清次さん

 今回、国分寺市が戦後七十五年に合わせて戦争関連資料の展示を企画していることを知り、協力を申し出た。父の手紙のほか、疎開先で通った小学校のテスト用紙なども展示する。
 平和祈念式は十五日午前十一時四十五分〜午後零時十分、市役所駐車場の「平和の灯(ひ)」前で開かれる。田浪さんや市民の戦争関連資料は、近くのプレハブ第一会議室で午前十一時〜午後一時十五分、展示される。いずれも無料。

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