世代超え、胸打つ 日航機墜落35年 河口さん「遺書」

2020年8月13日 07時17分

河口博次さんの手帳に残された「遺書」

 「本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」。乗客乗員520人が犠牲となった1985年8月12日の日航機墜落事故で亡くなった河口博次さん=当時(52)=が、機内で手帳に記した「遺書」。事故を直接知らない世代も増えたが、切迫した中で書かれた家族への思いは、今も読む人それぞれに強烈な印象を刻む。「事故が忘れられないように」。遺族は実物を多くの人に見てもらえるよう、日航などへの貸与を検討している。発生35年を機に、長女で立教大特任教授の真理子さん(59)に話を伺った。
   ◇   ◇
<「遺書」の抜粋>
 どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい
 パパは本当に残念だ
 ママこんな事になるとは残念だ
 さようなら
 子供達の事をよろしくたのむ
 今6時半だ
 飛行機はまわりながら急速に降下中だ
   ◇   ◇
 ボールペンで殴り書きされた二百十九の文字。もう助からないという恐怖の中で、家族への思いを記した手帳が遺体の背広のポケットに奇跡的に残されていた。事故後から報道され、日航の安全啓発センターに写真が掲示されている。
 名前を記された家族の人生にどう影響を与えてきたか−。この三十五年間、繰り返し取材などで尋ねられてきたが、真理子さんは「父の言葉は、父の言葉。そこに私たちの人生を重ねる物語のように扱われるのは違和感があった」と、冷静に話す。
 ただ、「この文が人の心に強い印象や、影響を及ぼしてきているとすれば、ありがたいこと」と優しげな表情を見せた。
 家族を守る大切さ。妻への思い。最後に「幸せだった」と伝えられるか。受け止めてもらえるか。読む人の年代や家庭環境によってさまざまな思いが心に宿る。
 手帳は実家に残されているが、今後事故を伝える資料として、日航や上野村への貸与を検討し始めた。「実際の筆圧などコピーや写真では伝わらない点もある。事故の風化を防げるのであれば、父も喜ぶでしょう」
 亡くなった父の年を既に超えた真理子さん。「今見れば、父は立派なことを書いたなと思う。もう、上司みたいな目線になってしまいますが」と話し、ほほ笑んだ。
(共同)

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