「仲間の無念晴らしたい」朝鮮半島出身元BC級戦犯が訴え 戦後75年進まぬ法整備

2020年8月14日 05時55分

朝鮮半島出身の元BC級戦犯への補償を訴える李鶴来さん=いずれも東京都西東京市で

 戦時中に日本軍の軍属として働き、BC級戦犯とされて裁かれた在日韓国人の李鶴来イハンネさん(95)は、元軍人・軍属としての補償を求め続けている。国際社会の戦後処理で日本国籍を失い、救済を受けられていないためだ。戦後75年を迎え、日本で暮らす朝鮮半島出身の元戦犯では最後の1人。「仲間の無念を晴らしたい」と訴える。(上野実輝彦)

◆最後の一人

 「同じ境遇の仲間はみんな死んじゃった。一番若い私だけが残っているんですよ」。李さんは東京都西東京市の自宅で本紙の取材に、年月の長さをかみしめるように語った。
 現在の韓国・全羅南道生まれ。17歳だった1942年、知人の勧めで日本軍の捕虜監視員に応募し、タイの収容所で英国やオーストラリアの捕虜監視に携わった。
 敗戦後、軍事裁判でBC級戦犯として死刑を言い渡されたが、後に減刑。巣鴨プリズン収容中の55年、朝鮮半島出身の戦犯約70人とともに互助組織「同進会」を結成し、56年に釈放された後、仲間とともにタクシー会社を経営して生計を立てた。
 日本に頼る親戚や友人はなく、仲間の何人かは希望を失って自殺したり、心を病んだりした。自身は帰国を考えたが、祖国で元軍属は「対日協力者」「親日派」と非難される。家族への影響を考えて断念した。

◆日本人として裁かれながら補償は対象外

 この間、52年にサンフランシスコ講和条約が発効し、朝鮮半島などの旧植民地出身者は日本国籍を失った。日本人の元軍人・軍属への恩給の支給や戦傷病者への補償は実施されたが、対象外になった。65年には日韓請求権協定が結ばれ、日本政府は元戦犯を含む韓国人への補償は「解決済み」との立場を表明。「日本人」として裁かれながら、救済対象から抜け落ちてしまった。
 「同じ日本のために働いたのに、なぜ日本人と待遇が違うのか」。91年、仲間とともに補償と政府の謝罪を求めて訴訟を起こした。最高裁まで争って棄却されたが、判決の中で「適切な立法措置がとられるのが望ましいことは明らか」(98年の東京高裁)などの見解が示された。

「仲間の無念を晴らしたい」という李鶴来さん


◆立法の動き鈍く

 国会には立法化の動きもある。
 2008年、野党だった民主党は、元戦犯1人当たり300万円の給付を柱とした議員立法の救済法案を国会に提出。だが、与党と審議入りの合意ができず、翌年に廃案となった。16年には、与党を含む超党派の日韓議員連盟が給付額を260万円に減額した法案を策定したものの、いまだ提出に至っていない。
 なぜ審議が進まないのか。日韓議連幹事長を務める自民党の河村建夫元官房長官は「早く成立させるように努めたい」と強調しつつ「この問題を十分に理解していない議員もいる」と認める。民主党案の提出者の1人だった国民民主党の泉健太政調会長も「当事者が少なく有権者でもないため、議員にとって優先度が低い」と指摘する。
 李さんに残された時間は多くない。外出は車いすとなり、体調を崩すことも増えた。「私が死刑から生き残ったのは、この問題に取り組むためだと思う。日本の皆さんの力を借りて、何とか解決したい」。しわがれた声を絞り出した。

朝鮮半島出身BC級戦犯とは 植民地支配下で徴用され、東南アジアでの捕虜監視などに従事。捕虜への虐待があったなどとして戦後に訴追され、148人が有罪判決を受け23人が刑死した。主に指導者層が「平和に対する罪」を犯したA級戦犯とされたのに対し、BC級戦犯は「戦争犯罪」「人道に対する罪」を犯したとされた現場の士官や軍属が多かった。

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