言葉の守り人 ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ著

2020年8月16日 07時00分

◆五感開き、詩的な森の冒険へ

[評]山本賢藏(作家)

 メキシコ先住民の「ぼく」は祖父に連れられ、森で「風と夢の修行」を始める。グレゴリオおじいさんは「マヤの賢人」。「ぼく」はマヤ文化の教え、その世界観を受け継ぎ、成長していく。本書は作者が実際に祖父から教わったことを元に、ユカタン・マヤ語で書かれた八つの緩やかな連作の物語。瑞々(みずみず)しい語り口が読者の五感を開き、詩的な森の冒険へと誘ってくれる。
 「ぼく」は風から秘密の名を授かる。それが「ぼく」の魂として住みつく。その名は誰にも知られてはならない…。世界は秘密の言葉に満ちている。その言葉と交感するのが「言葉の守り人」であるマヤの賢人の役割なのだろう。
 ジャスミンやオレンジの柔らかな匂いを嗅ぎ、森の五羽の鳥から「ぼく」を守ってくれる歌を伝えられる。雨上がりの夜に深呼吸をすれば、大地と山の草木の匂いが体の中に入ってくる。蛍が飛び交い、何千何万というコオロギが鳴くひんやりとした夜、星の輝きがコオロギの言葉と連動していることに気付く…。
 自然界の中で最も知恵に満ちた言葉は沈黙だと、祖父は言う。人間は自分と向き合いたくないから、沈黙を恐れる。しかし「自分の中の沈黙の言葉を聞きたがらぬ者は、いとも簡単に他人の餌食となり、奴隷にされてしまう」…。「沈黙はお前の心の奥底の言葉じゃ。お前はかつて鳥じゃったことがあるから、夢はお前の魂の翼になるんじゃ。かつて誰かに捕(とら)えられたことがあったからこそ、お前の心は自由を叫ぶんじゃよ」…。
 祖父の言葉を通し、スペイン人による征服後、苦渋の歴史を経た先住民の誇りと、太古からの叡智(えいち)が、今を生き延びる知恵として蘇(よみがえ)る。それは過去と現在の「再会」だ。
 「自然の世界では、夢は現実となる。雨は水の夢。煙は火の夢。青い空は永遠なる風の夢」…。「お前の中」の囚(とら)われの鳥の声、「魂の言葉」が騒ぎ、歌い出したら、解き放て。「春が来たら、言葉を風に乗せて」夏が来たら「蝶(ちょう)に乗せて飛ばせてやれ」…。風と夢と森と鳥、自由。今、欲しいものがここにある。
(吉田栄しげ人と訳、国書刊行会・2640円)
1952年、メキシコ生まれ。小説家、詩人、教師。南北アメリカ先住民文学賞受賞。

◆もう1冊 

ソル・ケー・モオ著『女であるだけで』(国書刊行会)。吉田栄人訳。現代ラテンアメリカのフェミニズム小説。

関連キーワード

PR情報