<怪談新聞 法政大学江戸東京研究センター×東京新聞>江戸に響く 恨めしや〜

2020年8月18日 07時14分

葛飾北斎の「百物語 さらやしき」。お菊の霊の首は、皿を連ねたように描いてある 画像提供:すみだ北斎美術館/DNPartcom

 背筋も凍る怪談で夏を涼しく! 江戸の昔から伝わる怖くて悲しいお話は、今の東京に生きる私たちの心を揺さぶります。
 夏といえば怪談の季節。江戸・東京が舞台で、三大怪談とも称される「四谷怪談」「番町皿屋敷」「牡丹(ぼたん)灯籠」をご存じの方も多いのでは。なぜ怪談はこの季節に語られ、人の記憶に刻まれるのか。法政大教授の横山泰子さん(54)=日本文化論=に聞くと、ただ怖いだけでなく、今に通じる社会の闇を示唆しているからか、と気付かされる。
 カラン、コロンと響く下駄(げた)の音。生け垣の外をのぞけば、このまえ見初めた、お露じゃないか。ところが実は幽霊で…。
 怪談「牡丹灯籠」は、今の文京区の根津や本郷あたりを中心に展開する。恋した男を幽霊が訪ねてくる話なんだから作り話に違いないけれど、実際の地名が出てくるので、リアルな感じがする。
 横山さんに解説を仰ぐ。「江戸の街なかであった殺人事件を織り込んだ怪談もある。幽霊や妖怪など不思議なものが出てくるのに、どこか現実とつながっているのが、怪談が親しまれる理由の一つでは」と言う。
 「番町皿屋敷」として語られる怪談には、いくつか違った筋書きがある。でも家宝の十枚組みの皿を割ったとか、なくしたとかで、女中のお菊が主人から厳しくとがめられるのは同じ。そしてお菊は命を落とす。
 「勤め先のお屋敷での、今でいうパワハラ」と横山さん。確かにいくら家宝でも、お皿と命を引き換えとは厳しすぎる。「ブラック企業に勤めた女性が、不祥事の責任を押しつけられたような感じ。こういった話が怪談として世に出回った背景に、雇用が不安定な、江戸時代の女性の怨嗟(えんさ)も感じられる」

於岩(おいわ)の背後に骸骨をあしらった錦絵=国立国会図書館デジタルコレクションより

 そういえばお露、お菊に「四谷怪談」のお岩を加えて、三大怪談で化けて出てくる主人公はいずれも女性だ。なぜだろう?
 「女性は醜く化けさせてもいいという感覚があったのが一つ。それに、家父長制の社会で虐げられた女性が恨みを抱えている、という男性側の恐れも見え隠れする。いずれにせよ、女性差別が根っこにありそう」
 怪談は、怖がりながら楽しむ娯楽に違いない。でも横山さんの話から、描かれた時代の世相を思い浮かべる面白さもうかがえる。
 怪談の“旬”が夏である理由は、歌舞伎「東海道四谷怪談」が、水中での早変わりなどを売りに、夏場に上演されたからという説があるらしい。
 「あと、日本の夏はお盆でしょう。あの世から帰ってきた死者を見ても不思議はない」と横山さん。ちょうど、遠出のしにくい今日この頃。ならば心の中で、ずっと遠い世にいる人に、思いを寄せてみようか。

◆お岩さん ゆかりの神社と寺

 四谷怪談ゆかりの「於岩(おいわ)稲荷田宮神社」(新宿区)を訪ねると「ここにかつて、お岩が住んでいて…」と禰宜(ねぎ)の栗岩英雄さん(90)=写真(上)=が応じてくれた。
 実在のお岩は江戸初めごろ、この地に屋敷を構えた武士の田宮家を支え、よく働いた。それが評判となり、死後に祭られ、江戸の人々の信仰対象になった。
 お岩の死後、200年近くたった1825(文政8)年、鶴屋南北の歌舞伎「東海道四谷怪談」が初演された。登場するお岩は名前こそ同じだが、父を殺された上に、夫に浮気され、毒薬で顔が醜くなり、死後は化けて出ると設定された。
 イメージは一変したが神社の知名度はアップ。上演中の無事を願う歌舞伎役者の参拝は今も続いている。
 というわけで、意外にも「お岩の怨霊が出る」といった類いの話はなかった。栗岩さんは「四谷怪談が上演されるまでは、参拝者も明るい気持ちで来ていただろう」と苦笑いする。ちなみに、田宮家の末裔(まつえい)が今も宮司を務めている。
 また、神社のはす向かいに昭和期に開山した「陽運寺」は、お岩の木像を安置する。境内は庭園風に整備され、明るい雰囲気。植松健郎住職(46)=写真(下)=は「ここでお岩さんを思いながら、一息ついてほしい」と話した。
 ★「番町皿屋敷」のように、皿を割ったりなくしたりした使用人の女性が虐待されて幽霊になる怪談は、全国に散在している。中でも兵庫県姫路市が舞台の「播州(ばんしゅう)皿屋敷」は有名で、お菊は謀反の企てを止めようとする強い女性というイメージも見せている。
 ★「牡丹灯籠」の冒頭は本郷三丁目、お露にとりつかれて死ぬ新三郎の居住地は根津神社のあたり、などと舞台をたどるのも面白い。女性の幽霊が慕う男性を殺す筋立ては中国から伝わり、「蓮華燈(れんげとう)」と題した別の怪談も残されている。

横山泰子さん

<よこやま・やすこ> 1965年、東京生まれ。国際基督教大学大学院博士課程修了。江戸東京博物館専門研究員を経て、現在は法政大学理工学部創生科学科教授。前・法政大学江戸東京研究センター長。著書に「四谷怪談は面白い」「妖怪手品の時代」などがある。
<法政大学江戸東京研究センター> 法政大学江戸東京研究センター(高村雅彦センター長)は、江戸東京に蓄積され、現在にも生きる自然・歴史・文化や人的資源などの発掘・再評価を通じて、持続可能な地球社会実現に向けた方法と理論を導き出すことをめざす教育研究拠点です。この紙面は同センターの協力を得て取材しました。

◆編集後記

 三大怪談はエッセンスしか知らなかった。今回の取材で「ただの怖い話かと思ったら、敵討ちと関連している!」「このバージョンの番町皿屋敷は、まるで美しい恋愛小説!」と発見が続々。「江戸怪談を読む 皿屋敷」(白澤社)、「江戸東京怪異百物語」(河出書房新社)などの参考文献を、仕事として読めるありがたさをかみしめた。特に三遊亭円朝の口演を伝える「牡丹燈籠」(岩波文庫)はおすすめです。
 文・梅野光春/写真・木口慎子、梅野光春
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