藤井聡太棋聖の言葉で考えるAI時代の数学 桜美林大教授・芳沢光雄さん

2020年8月19日 05時55分
王位戦第3局で勝ち、2冠目のタイトル奪取に王手をかけた藤井聡太棋聖=5日、神戸市北区、旅館「中の坊瑞苑」

王位戦第3局で勝ち、2冠目のタイトル奪取に王手をかけた藤井聡太棋聖=5日、神戸市北区、旅館「中の坊瑞苑」

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 日本将棋連盟の1967~2018年度までのプロ公式戦で、先手番の勝率は平均すると52~53%である。注目したいのは、2008年度に行われた2340局では後手番の勝率が50.3%で勝ち越したことである。

「人間とAIは共存という時代に入ったのかな」

 AIが進化すると、人間の仕事の多くが奪われてしまうという負のイメージがある。将棋に関しては、「いずれAIは、先手必勝ゲームであることを証明できるのではないか」と想像する人もいるが、計算量が膨大過ぎてそのような結論は永遠に出ないと考える。しかしAIの力を借りて、詰め将棋の腕を磨くなどが実際に行われている。
 これに関連して藤井聡太棋聖は、「今は対決の時代を超えて、人間とAIは共存という時代に入ったのかなと思います」といくつかのメディアでコメントしている。この「共存」という言葉こそ、数学の学びにとって今最も大切にすべきだと訴えたい。

「電卓を使えば十分」にもの申す

 「ゆとり教育」の導入を直前にした1990年代の後半、「計算機が発達すると数学は不必要になる」という誤解が独り歩きした。ところが2019年に経済産業省が発表したリポート「数理資本主義の時代」では、現在進行中の「第4次産業革命」では数学がとくに重要であると訴えている。
 この両極端な見方の間にある溝を埋めるために、掛け算の話題を2つ取り上げよう。「ゆとり教育」の時代では、「電卓を使えば十分である」という理由から、3桁同士の掛け算の指導が無くなったが、私は以下のような異論を唱えてきた。2桁同士の掛け算の途中では、「下から繰り上げた数を十の位に足して終わり」という作業はある。3桁同士の掛け算の途中では、「下から繰り上げた数を十の位に足すと同時に、百の位に新たな数を繰り上げる」という作業が加わる。この違いは本質的に、2個のドミノ倒しと3個のドミノ倒しの違いと同じである。ドミノが2つだと、倒す側と倒される側の関係だけだが、3つだと、真ん中のドミノは、「倒されると同時に倒す」働きをする。このように「3」に注目することが、ドミノ倒し現象の本質を理解することにつながるのである。
 掛け算の面白い応用例として、次の話題を出前授業で子どもたちに話すことがある。列車内で1秒間に1回ガタンゴトンと線路のつなぎ目での音が聞こえたら、在来線の標準線路は1本25メートルなので、25メートル×60秒×60分と掛け算をして、速さは時速90キロになる。
 掛け算の仕組みから「3」に注目する意義を学ぶことや、掛け算の面白い応用例を思い付くことは、計算機とは無縁なことだろう。

プロセス軽視の学びに警鐘

 さて現在の算数・数学の学びでは、以下のような憂慮すべき事態が浸透してきている。比べられる量・もとにする量・割合の関係を「く・も・わ」なるものの暗記だけで学ぶこと。「2次方程式の解の公式」を、証明を省略して結果の暗記だけで学ぶこと。その結果、日本数学検定協会の3級の試験で、簡単な「ax²+c=0」という型の方程式が、難しい「ax²+bx+c=0」という型の方程式より結果が悪いという珍現象が毎回表れている。高校数学で、放物線と直線で囲まれた部分の面積を「時短で求める」とする「1/6公式」なども出現している。
 これらはどれも、プロセスを軽視した「やり方」や「結果」の暗記だけによって答えを当てる学びである。このような学びは「共存」とは真逆で、AIが得意としている面と競うようなことであり、AI時代には役に立たないだろう。AI時代に役に立つ学びは、将棋の棋士が時間をかけてプロセスをじっくり考える姿、そのものだと言いたい。
 (よしざわ・みつお=桜美林大教授。専門は数学・数学教育)

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