29歳差の王位交代 47歳の木村前王位「一から出直す」

2020年8月21日 05時55分

対局終了後、天を仰ぐ木村一基前王位=20日、福岡市で

 「実力ですから仕方のないこと。またやり直せということでしょう」。悔しさをのみ込み、記者の目を見て丁寧に返答した。藤井聡太新王位との7番勝負に敗れた木村一基前王位。開幕前から「まず一勝したい。そうすれば景色が変わる」と繰り返していた。しかしその一勝が、遠かった。

 トップ棋士としては遅咲きの23歳でプロ入り。以降、タイトル戦に6回挑戦したがすべて敗れた。40代になり、衰えを実感する中で勉強時間を増やした。20~30代がピークとされる将棋界の常識を覆し、昨年9月、史上最年長の46歳で悲願の初タイトルを獲得。「家族への言葉を」と聞かれ、盤の前で静かに涙を流した。
 攻めよりも受け(守り)を重視する独特の棋風。今シリーズも「受け師」の異名にふさわしい粘りで、藤井新王位を苦しめた。
 「地べたにはいつくばって、耐えがたきを耐える受け」。第3局の終盤、ネット中継で解説していた行方尚史九段(46)は、木村前王位の手に感嘆を漏らした。防戦一方になることをいとわず、虎の子の銀を自陣に打ちつけた。「彼の人生を表す一手でした」。その迫力に藤井新王位が寄せを誤り、もう一息で逆転という見せ場をつくった。副立会人の都成竜馬六段(30)も「今の藤井さん相手に、あれだけ粘ってチャンスをつくれる人はほかにいない」と語る。
 盤外での姿も印象的だった。毎局、対局場に入る時に「おはようございます」と、りんとした声を響かせた。7月の豪雨災害の被災地のため、封じ手のチャリティー販売を提案、実現の運びとなった。次代を担う若き挑戦者に、タイトル保持者としての振る舞いを示すかのようでもあった。
 長い苦労の末につかんだ栄冠は、一期で失った。しかし小学生時代から競い合ってきた行方九段は「あの手を指せる棋士が、このままずるずるいくはずがない」と断ずる。昨年の王位獲得後には「冬夏青青」(信念が固く、どんな時も変わらないこと)としたためた。今回の敗戦後に「一から出直す」と語った通り、その信念は不変のままだ。(樋口薫)

関連キーワード

PR情報

社会の最新ニュース

記事一覧