「楽聖」の陰 生涯に光 『ベートーヴェンの愛弟子』 ライター・かげはら史帆さん(38)

2020年8月23日 07時07分
 フェルディナント・リース(一七八四〜一八三八年)−。この名前にピンとくる人は、なかなかの音楽通だろう。それでも、ベートーヴェンの弟子だったこと、師匠に関する「伝記的覚書」を書いたこと以外はほぼ知られていないのでは。
 本書は、これまでベートーヴェンを語る上での脇役の一人でしかなかったリースの生涯を単独で一冊にまとめた世界初の伝記だ。
 かげはらさんは音楽関連企業に勤める傍ら、音楽家に関するエッセーなどを執筆。特にベートーヴェン関連への関心が高く、元秘書による会話帳改ざん問題を取り上げた前著『ベートーヴェン捏造(ねつぞう)』(柏書房)は軽妙な筆致で話題を呼んだ。
 リースの書簡集に接し、「気さくな人柄や、歴史上のさまざまな出来事に立ち会っていた点に引かれた」ことが今回の出版につながった。「音楽的な再評価というより、人物としての魅力を知ってほしい」
 リースは、十四歳上のベートーヴェンと同じドイツ・ボンの宮廷音楽一族の出身。そんな縁もあって弟子入りしたが、師事したのは一八〇一年ごろ〜〇五年の数年にすぎない。ただ、影響は甚大で終生、誇りを持って「愛弟子(まなでし)」を名乗った。
 「きみは我(が)が強いな!」。リースの個性を物語る逸話の一つが、デビュー演奏会後の師の言葉だ。事前の忠告に逆らい、難度の高い演奏に挑んで見事に成功。「興が乗るとしでかす」性格を露呈した一方、仲間内だけでなく不特定多数を聴衆とする新時代の演奏環境への対応力を印象づけた。
 フランス革命による宮廷楽団の解散、ナポレオン戦争に伴う軍からの召集…。欧州の動乱に翻弄(ほんろう)された半生は、当時の音楽雑誌に「フランス軍に四度襲われた音楽家」と紹介され、バルト海では私掠(しりゃく)船に襲撃されるなど波乱に満ちていた。
 一〇〜二〇年代を代表するピアニストとして人気作曲家になり、ドイツ有数の音楽祭のディレクターも務めた。にもかかわらず、「楽聖」の陰で忘れ去られた弟子。伝記からは、音楽家の活動舞台が宮廷から市民社会へ移り、古典派からロマン派へと発展した音楽史の谷間に埋もれた世代の存在が浮かび上がる。
 今年はベートーヴェン生誕二百五十年の節目。「比較対象としてうってつけのリースにも光が当たれば、新たなベートーヴェン像も見えてくる」との期待も込められている。
 春秋社・二四二〇円。
(清水祐樹)

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