女だてら 諸田(もろた)玲子著

2020年8月23日 07時00分

◆密命帯びた男装のヒロイン

[評]奥山景布子(きょうこ)(作家)

 江戸期の大名家には、特定の大藩と分家あるいは子会社のような関係で結ばれている、支藩と呼ばれる小藩が多数あった。現代の会社組織などと同じく、その大藩との関係は、支藩の内情を常に大きく左右した。
 文政年間、福岡藩の支藩である秋月藩では、本家である福岡藩の影響力が非常に強まっていた。
 当主である黒田長韶(ながつぐ)は、跡継ぎとして自身のたった一人の息子を幕府に届け出ていたが、急死してしまう。次の跡継ぎとなる養子をどこから迎えるのか、成り行き次第では藩の存続そのものも左右しかねぬ一大事である。
 当時、秋月藩には原采蘋(さいひん)(本名みち)という漢詩人がいた。本書のヒロインである。父で秋月藩の藩校教授を務めた儒学者、原古処(こしょ)から女だてらに様々な学問の手ほどきを受けたみちは、やがて学問で身を立てるべく、国許(くにもと)を離れ、京や江戸、その他各地で遊学の日々を送っていた。
 父の病の報に接し、いったんは故郷に戻ったが、父を彼岸に見送った後、再び江戸を目指して旅立つ。文政十年六月三日発、齢(よわい)三十の旅路が「東遊日記」として残されているのだが、なぜか翌年の四月十四日、兵庫で記述が途絶えてしまう。ほぼ一年ほどの記録の空白を経て、忽然(こつぜん)と現れるのは、すでに浅草で庵(いおり)住まいの日々を送るみちの姿である。
 記録のない「空白の一年」。その間にいったい何があったのか――。著者はこの空白に、表には出せぬ波乱に富んだ濃密な時間の気配を読み取り、そしてそれを物語として構築した。
 父と兄からみちが託されたのは、秋月藩の今後を賭けた密命である。月代(さかやき)まで剃(そ)りあげた覚悟の男装に身を包んでの長旅で、敵か味方か判然としない同行者たちに助けられたり翻弄(ほんろう)されたりしつつ、女と明かせぬ切なさを押し隠して、次々に襲いかかる試練を大胆に乗り越えていく。
 読み飛ばし厳禁の歴史ミステリー。凜々(りり)しく豪快なヒロインに、著者の涼やかな面影が重なった。
(KADOKAWA・1980円)
作家。1996年『眩惑』でデビュー。著書『お鳥見女房』シリーズなど多数。

◆もう1冊 

奥山景布子著『葵(あおい)の残葉(ざんよう)』(文春文庫)。維新と佐幕に分かれて闘う運命となった徳川の分家筋・高須4兄弟の物語。

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