チーム・オベリベリ 乃南アサ著

2020年8月23日 07時01分

◆想像を絶する開拓の苦労

[評]青木千恵(書評家)

 渡辺カネ(一八五九〜一九四五年)は、上田藩士、鈴木親長の長女として生まれた。廃藩置県で藩が消滅し、鈴木家は失業。上京した父はキリスト教徒になり、カネも横浜の共立女学校に入学後、受洗する。兄の銃太郎が牧師になり平穏な日々が訪れると思いきや、失職。心機一転、銃太郎が北海道に渡ると言う。
 伊豆の素封家の子、依田勉三が「晩成社」を設立し、銃太郎らが幹部になって開拓地に定めたのは、未開の原野オベリベリ(帯広)だ。女学校を卒業し、教師になって学問を続ける方が堅実だが、カネは兄の盟友、渡辺勝との縁談を受けて明治十六(一八八三)年、開拓団に加わる。<チームに寄り添いながら、これからの自分は生きていくことになるのだ>。決意したカネだったが、野火、虫害、冷害、風土病など、開拓の労苦は想像を絶するものだった。
 昭和七年の解散まで五十年の歴史を数えた、晩成社の草創期を描いた長編小説だ。よく知られる依田でなく、没落士族の嫡男である二人、銃太郎と勝の足取りに著者は着眼した。武士の誇りを失わないまま、新天地を目指した人の情熱を追うためだ。また女性の存在を忘れてはならないと、カネを主人公にした。
 武家の娘に生まれ、草一本さえ満足に引き抜いたこともなかったカネが、原野に立つ。元来思ったことは口にせずにいられない性分で、キリスト教の教えで「寛容」を説かれても、理不尽な仕打ちには憤りを覚える。どうにも気持ちが治まらない時は「天主さま」に語りかける。カネの信仰とは、見えない「天主さま」に迷いや進路を問い、心を保つことなのだ。そんなカネが、<木にも風にも、何にでもカムイはいる。いいカムイも、悪いカムイもいる>と言うアイヌの人々と親しくなり、教師の経験を生かして私塾を開き、土地に根付いていく様子は胸打たれる。武家の娘から一人の女性へ、カネの成長物語でもある。
 著者は心理描写に長(た)けており、カネの心理と共に物語が動く。史実を題材にしたダイナミックな人間ドラマだ。
(講談社・2530円)
1960年生まれ。作家。著書『凍える牙』『地のはてから』『水曜日の凱歌』など。

◆もう1冊 

小沢健志監修、岩下哲典編『レンズが撮らえた幕末明治日本紀行』(山川出版社)

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