「人とのつながりが絶望防ぐ」 ALS作家が語る社会的孤立 京都嘱託殺人

2020年8月23日 06時00分

◆ALSを患う元筑波大副学長でノンフィクション作家 谷川彰英たにかわあきひでさん

妻の憲子さん(左)とタブレット端末で筆談する谷川彰英さん=千葉市稲毛区で

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)だった京都市の女性患者の嘱託殺人事件は、女性の依頼で薬物を投与した医師2人の逮捕から23日で1カ月となった。事件は多くのALS患者に衝撃を与え、筑波大副学長を退職後にALSを発症したノンフィクション作家、谷川たにかわ彰英さん(74)=千葉市稲毛区=もその1人。「患者にとって怖いのは社会的孤立。人とのつながりが絶望を防ぐ」。自身の体験から、そう指摘する。(宮本隆康)

◆できること必ずある

 「患者の気持ちは分かる気がするが、命を無駄にしてしまっている」。谷川さんは筆談ボードを使い、事件について語った。
 教育学者として千葉大と筑波大で教鞭きょうべんを執った。筑波大副学長を2年務め2009年に退職。地名にまつわる本を相次ぎ出版し、テレビにも出演した。18年2月から原因不明の歩行困難などに悩まされ、会話も難しくなった。19年5月、ALSと宣告された。
 「もう自分は仕事ができないのか」と絶望感を抱いたのは、1時間ほどだったという。症状の原因が分かった安堵あんどの方が大きかった。精いっぱい生きてきたとの自負から「が人生に悔いなし」と、妻に筆談で伝えた。
 今は人工呼吸器を着け、車いすで生活する。指でパソコンなどを操作するのは可能で、妻とは筆談で会話し、知人とメールのやりとりもしている。
 メールを打つ動きが遅くなるなど病状は進行しており、「恐怖や気持ちの揺れはある。死への願望もある」。しかし、「自殺も安楽死も許されないなら、生きるしかない。運命には逆らえないが、自分の生き方は自分で決める」と考えている。
 ALS宣告後、交友関係が途絶えることに恐怖を感じた。しかし、知人たちは「外食が難しいなら」と自宅に来て、バーベキューを楽しんだ。出版社の社員は「それなら自宅で編集会議をしましょう」とビール持参で訪れた。
 「特別視されないことがうれしかった。周囲が頼み事や誘いを遠慮すれば、孤立につながる。孤立化すれば絶望に陥り、死につながる。事件で亡くなった患者は、絶望に落ち込む状況にあったのではないか」と推し量る。
 今の生きがいは執筆活動だ。大学教員時代から地名に関する本を数多く書き、発症後も「ALSを生きる」(東京書籍)「重ね地図で読み解く京都1000年の歴史」(宝島社新書)を出版。さらに2冊を執筆中だ。
 「できることは多くないかもしれないが、必ずある。絶望さえしなければ夢はつながる」

◆ALS患者は国内1万人


 ALSは厚生労働省指定の難病で、国内の患者は約1万人。筋肉を動かす神経が徐々に侵され、手足を動かしたり話したりするのが困難になる。進行すると寝たきりになり、人工呼吸器が必要となる場合が多い。
 治療法は確立されていないが、ヘルパー派遣などの支援が受けられる。重い患者の意思疎通にはパソコンなどが使われる。画面の文字を見て入力できる視線入力装置もある。体を動かそうとする時の体内の電気信号を読み取り、パソコン画面のカーソルを操作できる装置も開発されている。

◆日本ALS会長「療養環境は改善」

 患者や家族らでつくる日本ALS協会の嶋守恵之(しげゆき)会長は事件後にコメントを発表。「患者が死にたいと依頼することは珍しくなく、患者の思いや行為を非難することはできない」としながらも、「療養環境は改善されつつあり、現在は重症患者でも外出や社会参加ができ、長期に生きられる道が開かれている」と述べた。

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