<カジュアル美術館>須佐之男命厄神退治之図(推定復元図) 葛飾北斎 すみだ北斎美術館

2020年8月23日 07時06分

インクジェットプリント・金箔金泥・一部手着色 126×276センチ

 猛暑の中でも、マスクを着けての生活が続く。神様、どうか新型コロナウイルスを終息させてください−。思わず拝みたくなる、そんな時に鑑賞したいのが、今年生誕二百六十年を迎えた江戸時代の浮世絵師葛飾北斎(一七六〇〜一八四九年)の「須佐之男命厄神(すさのおのみことやくじん)退治之図」(推定復元図)だ。
 まずはその大きさ、迫力に圧倒される。金色の背景に、色とりどりの妖怪のような化け物がずらりと並ぶ。一見、おどろおどろしい絵面だが、彼らの表情からはどことなくユーモラスな印象も。刀を持った人物が上から見下ろすような様は威厳に満ちてりりしく、頼もしさを感じさせてくれる。
 一八四五年、北斎が数えで八十六歳の時に大絵馬に描いた晩年期最大級の肉筆画。地元の牛嶋神社(東京都墨田区)に奉納されたが、一九二三年の関東大震災で焼失した。幻の大作となったものの、九十回以上も転居を繰り返したという北斎が大半を過ごした墨田区にすみだ北斎美術館が開館(二〇一六年)するのに合わせて二年がかりで推定復元された。
 推定復元は、一九一〇年刊行の美術雑誌に掲載されていたモノクロ写真を基に、最先端のデジタル技術と伝統技術、学術的知見を融合して実現。彩色の妥当性を科学的に検証し、インクジェットで表現できない金箔(きんぱく)など特殊な表現技法は手作業での仕上げを施して補った。
 描かれた化け物は、さまざまな病気や凶事を起こす厄神たち十五体。よく見ると、牛嶋神社の祭神である須佐之男命と二人の従者の前にひざまずき、今後悪さをしないように手形を押した証文を取られていることが分かる。近松門左衛門の人形浄瑠璃「日本振袖始(はじめ)」にこうした場面が出てくるが、北斎が参考にしたかは分からない。当時、疫病の流行があったのかと思いきや、そんな記録もないようだ。

「朱描鍾馗(しゅがきしょうき)図」 1846年 絹本着色一幅 108×38・5センチ 朱描きの鍾馗図は流行病の疱瘡(ほうそう、天然痘)よけの願いを込めて制作されたとされ、北斎の作品も多く残っている

 厄神たちもインフルエンザや天然痘、梅毒といった特定の病気を擬人化したとの研究もあるが、定かではない。
 「冨嶽(ふがく)三十六景」に代表される風景画だけでなく、美人画や花鳥画、「ホクサイ・スケッチ」として世界的に知られる絵手本『北斎漫画』など多彩なジャンルで活躍した一方、生涯を伝える資料の少ない作者同様、謎の多い作品でもある。
 すみだ北斎美術館学芸員の竹村誠さんは「描かれた背景は不明だが、流行病のような災いを防ぎたいという神頼み的な思いが込められているのは確かだろう。困った時に神様にすがりたくなる気持ちは昔も今も変わらない」と話す。
 現在、牛嶋神社の社殿内には、美術雑誌に掲載されたモノクロ写真の拡大コピーが掲げられている。境内には、この作品を知ってか知らずか「コロナになりませんように」と子どもが祈願した絵馬が奉納されていた。

牛嶋神社の社殿に掲げられている「須佐之男命厄神退治之図」のモノクロ写真の拡大コピー=東京都墨田区で

◆みる すみだ北斎美術館(東京都墨田区)=電03(6658)8936=は都営大江戸線両国駅徒歩5分、JR両国駅徒歩9分。「須佐之男命厄神退治之図」(推定復元図)は常設展示。「朱描鍾馗(しゅがきしょうき)図」は30日までの企画展「大江戸歳時記」で展示中。開館時間は午前9時半〜午後5時半(入館は5時まで)、月曜休館。AURORA(常設展示室)は一般400円、高校・大学・専門学校生、65歳以上300円、中学生以下無料。大江戸歳時記は一般1000円、高校・大学生700円、中学生300円、小学生以下無料。
 文・清水祐樹
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