空前絶後の「全冠制覇」 再現なるか 藤井聡太に迫る”包囲網”

2020年8月24日 06時00分
<頂の先へ 高校生二冠 藤井の時代>(下)

全冠制覇を達成した羽生善治七冠(左下、1996年当時)。藤井聡太二冠(上段㊨)の再現はなるか。豊島将之竜王(上段㊥)、渡辺明名人(上段㊧)らが立ちはだかる

 「本当に集中できている時は1分が長く感じる。あの1局もそうだった」。6月の棋聖戦5番勝負の第1局。最終盤で、藤井聡太は深い集中の海に潜っていた。約30手先に現れる局面で、自分の玉はぎりぎり詰みを逃れている―。秒読みの中で読み切り、大きな1勝目を手にした。
 対戦相手の渡辺明(36)=三冠=は、その読みの速さと正確さに驚愕きょうがくした。「今までトップ棋士同士なら、互いにそれほど変わらない終盤力で戦っている感覚があった。しかし、藤井さんにはそうではない力を感じた」。16年間タイトルを保持し続ける「現役最強棋士」の渡辺をして「未知の感覚」と言わしめた藤井の終盤力。その源となる深い集中について、藤井と同じように語った棋士がいる。

◆「藤井二冠にしかできない」と口そろえ

 通算タイトル獲得数99期、「史上最強棋士」の呼び声高い羽生善治(49)。「本当に深く考えられている時は、時間の観念がなくなる」。藤井とも共通する究極の集中状態について、本紙の取材に語っている。
 その羽生が1996年に達成した「全冠制覇」は空前絶後の記録と言われる。95年、羽生は全七冠(当時)を懸けた王将戦で、谷川浩司(58)に挑戦するも敗退。観戦記者の中平邦彦(81)は「そこからがすごかった。奇跡を見ているようだった」。保持する六冠をすべて防衛し、翌年、再び挑んだ谷川に4連勝した。
 現在、その「奇跡」の再現は「藤井二冠にしかできない」と複数の棋士が口をそろえる。しかしタイトル数が8つに増え、壁は当時よりも高い。「タイトルを取ると生活が変わり、責務も増える。ほかのタイトル保持者も充実しており、藤井二冠といえど独占は難しいのでは」。日本将棋連盟会長で、羽生と競ってきた佐藤康光(50)は指摘する。

八冠への道 現在の八大タイトル保持者は名人、棋王、王将が渡辺。竜王が豊島。叡王、王座が永瀬拓矢(27)。そして王位、棋聖が藤井。本年度、藤井は王将戦で挑戦の可能性を残している。挑戦までに昇級を重ねる必要のある名人戦への出場は、最短で2023年となる。

 「トップ棋士は藤井戦に勝たないと成果が得られない。今年を皮切りに、みんなマークするだろう」と渡辺。これまで藤井に4戦全勝の竜王、豊島将之(30)も「今後は特別な準備が必要になってくる」と警戒を強める。“藤井包囲網”の突破は容易ではない。

◆詰め将棋とAIのハイブリッド 加速どこまで

 ただ「羽生時代」との違いは、人間を超えた人工知能(AI)の存在だ。「藤井二冠は詰め将棋を根底にした読みの力とAIを活用した研究のハイブリッド。AIがないと、18歳でここまでは強くなれなかったはず」と、棋士の行方なめかた尚史(46)は分析する。驚異の成長を、さらに加速できるかが焦点となる。
 当の藤井は、新記録や冠数に驚くほど頓着がない。二冠獲得後も「強くなるという目標はどこまで行っても変わらない」と、将来像を語った。強くなりさえすれば、結果は付いてくる。そう信じ、疑わない真っすぐな瞳だった。その視線の先に「藤井時代」の新たな地平が広がっている。(敬称略)
この連載は、樋口薫、岡村淳司、世古紘子が担当しました。

関連キーワード

PR情報

主要ニュースの新着

記事一覧