せみしぐれと湾岸危機

2020年8月24日 07時55分

 この季節、セミの声を聞くと、政治部に異動し、駆け出し記者として首相官邸を取材し始めた当時のことを思い出す。一九九〇年八月、官邸の主は海部俊樹首相だ。
 海部政権は当時比較的安定し、波乱のない「べたなぎ政局」と言われていた。余裕ある駆け出し生活のはずだった。が、異動の翌八月二日に一転、嵐の中に放り込まれる。イラクによるクウェート侵攻、湾岸危機である。
 多国籍軍を率いる米国に人的支援を求められた日本はどんな国際貢献を行うのか、情報を求めて朝から晩まで走り回る日々。
 自衛隊を海外派遣する転機となった出来事だが、当時は深く考える余裕すらなく、歴史ある官邸の建物の中にまで通奏低音のようにしみ入るセミの声のみが耳朶(じだ)に残る。
 思い出すことがもう一つ。湾岸危機対応を巡る首相の記者会見である。当時も幹事社の代表質問は事前に官邸側に伝えられたはずだが、海部氏が冒頭、想定外のことを話し始めたことがあった。幹事社の記者は少し驚きながらも、予定の質問を取りやめ、首相発言を巡る疑問点を次々と問いただしていた。詳しい内容は今となっては思い出せないが、その臨機応変な姿が目に焼きつき、離れない。
 記者として当然なのだろうが、官邸と記者の間に、その程度の緊張感は当時はあった。今はどうか、と野暮(やぼ)は言うまい。現場記者の奮起を期待するのみである。 (豊田洋一)

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