若手音楽家を福祉職員に コロナ禍で特養が雇用支援

2020年8月24日 07時53分

入所者に話し掛ける鈴木さん(左)と石川さん(左から3人目)

 新型コロナウイルスの感染拡大で仕事が激減した若手音楽家を支援しようと、名古屋市内の社会福祉法人が名乗りを上げた。運営する高齢者や障害者の施設のパート職員として働く場を提供する一方、本業を生かし利用者向けに演奏会を開いてもらうという具合。コロナ禍の中、収入減少にあえぐフリーランスの音楽家や俳優などに向けた新たな支援の在り方として注目される。 (出口有紀)
 社会福祉法人「よつ葉の会」が運営する同市守山区の特別養護老人ホーム(特養)「瀬古の家」。ホールでの演奏会で、サックス奏者の石川貴憲さん(28)=愛知県長久手市=が尋ねる。
 「この楽器、分かります?」「トランポリン!」。トランペットと勘違いした返答に場が和んだところで、パーカッション担当の鈴木豊大(とよひろ)さん(28)=同県春日井市=と、約十分にわたり「川の流れのように」など二曲を奏でた。聞いていた男性(80)は「本物の演奏は迫力がある。ドラムをやっていた若い時を思い出した」と笑顔を見せた。
 同法人が運営する高齢者や障害者の施設では、音楽の刺激は心や体の健康を保つのに欠かせないと考え、以前から積極的に取り入れている。二人が週一回五時間、ここで働き始めたのは六月。食事介助の手伝い、掃除などを担当している。その傍ら演奏を披露。給料は一日当たり約五千円だ。
 コロナの感染拡大前、鈴木さんは月平均十五万円、石川さんは二十五万円を稼いでいた。しかし、三〜五月は「収入はほぼゼロ」に。国が個人事業主に支給する持続化給付金を申請。二人とも上限額の百万円を受け取って乗り切ったが、一時的だ。鈴木さんは「コンビニや居酒屋でのアルバイトは、時間を取られ演奏の機会がない」と言う。
 そうした中、目を向けたのが、コロナ禍でも必要な福祉の仕事だ。鈴木さんは、若手音楽家の現状に詳しい日本福祉大(同県美浜町)教授の湯原悦子さん(50)=社会福祉学=に相談。湯原さんは同法人の渉外・広報担当の堀江慎一さん(52)に話を持ちかけた。「何より音楽を披露する場ができ、それが収入につながるのがいい」と湯原さん。施設にとっては「音楽が好きでも外の演奏会に行けない人がいる」点も大きかった。

演奏を披露する鈴木さん(右)と石川さん=いずれも名古屋市で

 認知症の利用者を相手に「繰り返し同じことを言う様子に驚いた」と話す鈴木さんも、今は「違う話を聞き出そう」と前向きだ。石川さんは、いつもテレビの前で過ごす人を見て「演奏を聞かせて楽しませたい」と意気込む。二人とも主に正規職員の補助的な仕事をしてきたが、入浴介助にも取り組み始めている。
 施設長の仙田裕貴さん(44)は「『何でもやりたい』と言ってくれるのはありがたい」と目を細める。七月末にはサックス奏者一人が仲間に加わり、コロナが落ち着いたら「瀬古の家」や系列の障害者施設での演奏会を開く予定だ。二人は「高齢者や障害者の気持ちをくむことは、さまざまな人を前にした演奏にも生きるはず」と喜ぶ。
 日本芸能実演家団体協議会(東京)は四月、俳優や音楽家、舞踊家など約二千九百人が回答したアンケートの結果を公表。それによると、同月の収入が平常時の半分以下、または無収入になると予想した人は合わせて76%、新たな仕事の依頼が全くないという回答も72%に上った。感染が再び広がる中、フリーランスの置かれた立場は引き続き不安定だ。湯原さんは「厳しい指導を受けて育ってきた若手アーティストは忍耐強い」と指摘。「介護の専門知識はないが、雇用の方法を工夫すれば、人材が不足する福祉現場で優れた働き手になる可能性もある」

関連キーワード

PR情報

ライフスタイルの最新ニュース

記事一覧