コロナ禍が問う税のあり方

2020年8月24日 07時56分
 コロナ禍の暮らしへの影響が深刻化しています。観光関連だけでなくコロナ不況ともいうべき事態に直面しています。その中で消費税率の引き下げを求める声が出始めています。消費税をめぐる問題を軸に、予算の財源となる税の公平性をどう実現していくか。税法に詳しい前青山学院大学長の三木義一さんと議論しました。 (聞き手=論説委員・富田光)

<トービン税> 為替の取引に対し税金を課す制度。1981年にノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、ジェームズ・トービン氏が提唱した。投機による為替の過度な変動を抑制することが目的だったが、最近では金融危機対応の財源などとして注目されるようになった。各国が一律に同率の税制を導入する必要があり、国際的な調整が最大の課題となっている。

◆公平性実現する国に 前青山学院大学長・三木義一さん

 富田 コロナ禍が世界経済に打撃を与えています。国内でも現金給付などさまざまな対策が取られています。その中で、消費税率を引き下げては、との意見が与野党を含め出ています。賛否はいかがですか。
 三木 深く傷ついた社会を少しでも救済するためのメッセージとしてはあり得ると思います。問題はそれにどれだけの効果があるのかということです。今後、コロナ禍で失った経済の実態がどんどん明らかになってくるはずです。恐らくそのダメージは予想以上でしょう。
 大手企業に勤務している人はまだいいかもしれません。だが中小零細企業で働く人々や、個人事業主のダメージは計り知れません。消費税率を引き下げた程度でその損失を埋められるのか疑問です。期待するような効果は望めないと考えます。
 富田 消費税については昨年秋に税率をアップしたこと自体が失敗だったとの見方もあります。それにしても日本人と消費税の相性は悪い。国民は壮絶なレベルで嫌っています。消費税増税の話が持ち上がるたびに大きく政治問題化して、時には政権が崩壊したり選挙で与党が大きく負けることがありました。なぜでしょうか。
 三木 税が自分たちのために使われるという実感がないし、税負担を「義務」と思い込んでいるからです。私たちは主権者です。日本をどういう国にするかは私たち自身が決めるべきことです。だから税金を負担したくないなら、それでもよいのです。その代わり国の財源はなくなるので、国民は自助努力しなければなりません。その場合、貧しい人は見捨てられるでしょう。本当に、平和で質の高い生活が可能な社会にしたいなら、それを支える財源は絶対必要です。
 その財源をどのような基準で出し合うかは、税法改正を通じて私たちが議論すべきことです。ところがこの基本的な発想が欠けているのです。いまだに税金はお上が奪っていくもので、私たちは議論から逃げればよいという発想です。日本国憲法の草案の時には「納税の義務」規定などはなかったんですが、明治憲法との違いを理解しない議員たちの影響によって、明治憲法同様「義務」としての納税を強いられてしまったのです。戦後七十五年たって、日本社会における税制の作り方は基本的に失敗だったと思います。
 富田 つまり主権在民の軸でもある税金について国民は戦後、理解不足のまま暮らしてきたということでしょうか。税金を好きな人はまずいません。しかし、払わないと訴追されたり追徴されたりするのでしぶしぶ払うというのが実感です。
 三木 そうです。税金はなるべく払いたくないという、単に逃げる対象でした。自分たちは税金と向き合うことから逃げ、一方、予算分捕り合戦で地元に利益を運ぶ議員さんが大物ともてはやされてきた。さらに戦後の好景気で減税しても歳入は確保される時代が続いたので与党も野党も減税の大合唱でした。
 原理的に減税は保守的な政党が主張し、反対勢力は弱者のために富裕層を対象とした増税を主張すべきです。だが日本ではその構図ができなかった。減税一辺倒の政策が行き詰まったとき消費税問題が出てきた。国民は初めて本格的な増税と向き合ったのです。
 富田 ただ国民の反発の中には不公平感に対する怒りもあったと思います。消費税は所得の低い人への負担が重くなる逆進性という欠陥がある。昨年、軽減税率を初めて導入した理由も負担感の緩和にあります。
 三木 消費税の逆進性は深刻な問題です。しかし軽減税率は愚策です。逆進性はほとんど緩和されないどころか、軽減の対象になるための陳情合戦となり、票が税で買われる不正社会につながる恐れさえあります。軽減税率のこうした問題を議員はちゃんと支持者に説明した上で説得すべきだと思います。
 富田 では公平のためには何をすればいいのでしょうか。コロナ禍で消費者の負担感はとめどなく重くなっています。だが日常の必需品は買わざるを得ません。生活が苦しくなる人々は激増しています。
 三木 公平性を高めるために必要だったのが、給付付き税額控除という制度だったのです。これは税額より控除額が大きい場合、差額を給付される仕組みです。例えば、税額が二十万円で控除額が二十五万円なら、税務署から五万円が現金で給付される形となります。これを導入すれば、低所得者にとって恩恵が大きく、消費税の欠陥である逆進性をほぼ解消することができます。
 これを実施するためにマイナンバーとそこに一つだけ口座番号を連動させておく必要がある。もちろん個人情報の扱いには細心の注意を施した上での措置です。民主党政権の時はこの方向性だったのですが、今の政権はその措置をやらずに現金給付を実施したので大混乱になってしまった。もちろんマイナンバーについて批判が強いのは、政府への信頼がないためだとは分かっていますが…。
 富田 消費税については本当に社会保障の充実に使われているのかという不信感もあります。特に年金に関しては制度が分かりにくく、もらえる時期も年々遅れていくし疑問点だらけです。コロナ禍により年金を頼りに暮らしている人たちの生活も一層厳しさを増しています。一方で、米国の巨大IT企業の決算は多くが好調です。彼らにはきちんと各国で税金を払っているのかという疑問もあり釈然としません。片や生活が苦しくなる人々が増える中、不公平にも程があると思います。
 三木 確かに税金と年金の関係は分かりにくい。年金の仕組みが複雑すぎ、私にも受取額が適切なのかわかりません。王様がいた時代なら、税は王様が使うものなので負担者だけが使えるように保険料として区別する必要があったと思われます。だが国民が主権者となった今、税金と保険料を区別する意味があるのか。保険料の逆進性は消費税以上。年金だけでなく医療と、大学も含めた教育を、税金を払った代償として国費でまかなう制度にすれば恩恵が分かりやすくなるのではと思います。
 庶民への税負担が重い中で、日本社会は巨大赤字を乗り越えられるのか。各国と連携し国際通貨取引税(トービン税)を提唱すべき時期に来ていると思います。通貨取引は現在世界で一日六百兆円近い巨額になっています。その取引に0・01%でも税を課せば各国の庶民は救われます。そういう政府をつくる必要があります。

<みき・よしかず> 1950年、東京都生まれ。一橋大大学院法学研究科修了。法学博士。専門は租税法。静岡大、立命館大教授を経て青山学院大法学部長。2015年から昨年まで、同大学長。元政府税制調査会委員。著書に『日本の税金 第3版』(岩波書店)など。


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