給食のパン 直売で人気 川崎のパン工場、休校で初の試み

2020年8月25日 07時09分

初めての直売の後、来店客らへの感謝を写真で伝えた。「超不安だらけの挑戦でした」と振り返った=富士ベーカリー提供

 川崎市の老舗給食パン工場が、三月に始めたパンの直売が人気だ。メニューは、学校給食の定番コッペパンや揚げパンなどの数々。きっかけはコロナ禍で休校になり、創業から七十年余、初めて直面した「売り上げゼロ」の危機だった。
 川崎市多摩区の富士ベーカリーには、工場直売が再開された二十三日も約三十人が並んだ。一番人気はきなこ揚げパンだという。
 「富士ベー」は、三代目の大和久弘貴(おおわくひろき)さん(33)の祖父が戦後間もない一九四九年に創業。給食パンの製造を手がけ、今は市北部の小中学校二十六校、一万六千人分を届けている。

夏休み明けの23日に再開された工場直売。開始前に購入客約30人が並んだ

 一般客向けの直売は初めて。看板もノウハウもない。背中を押したのは、三月の一斉休校だった。「パン屋なのに、パンを作る予定がなくなってしまって」と大和久さん。
 ようやく給食が再開されたのは、約百日後の六月中旬。その間の苦悩も喜びも感謝も、交流サイトのインスタグラム(fujibakery1949)に記録してきた。
 「給食の製造が無くなって落ち込んでいます。しかし、ピンチはチャンス。やってみたかったことをやります!」(三月三日)
 そう直売を告知すると、すぐに近隣住民から反応があった。「子ども二人が給食でお世話になっています。頑張って」「朝、おいしい香りに癒やされながら出勤しています。ずっと食べてみたかった」
 雨が降った直売初日の三月八日、用意した六百個のパンは一時間もたたずに売り切れた。その後も連日の完売に「超不安だらけの挑戦でした。みんなみんなありがとう」(十九日)。従業員たちがマスク越しにほほ笑む写真を投稿した。

学校給食のパンを製造する富士ベーカリーの工場

 「私も中学生の娘も、富士ベーカリーの給食パンで育ちました。やっぱりこの味!!」「息子は来年小学生。このパンを食べられるなんてうれしい、って」。先の見えない苦境の中、こうした購入客との交流に励まされてきたという。
 休校が三カ月に及んだ五月には、「あんぱんを変えます!」と宣言した。生地に米粉を使用。「というのも、給食の休止で米粉が大量に余っているからです」(二十六日)
 支援の輪も広がった。パン工場近くにキャンパスがある専修大学の佐藤康一郎教授(54)は、五月のオンライン授業で近隣の学生たちにある提案をした。「私が『パン購入補助券(三百円)』を発行します」

自費で1回300円を補助し、学生たちにパン購入を呼びかけた専修大の佐藤康一郎教授=いずれも川崎市多摩区で

 富士ベーは、専修大で学食も運営。卒業生の佐藤さんは、三十年以上前から慣れ親しんできたという。
 「ハイカロリーの『ザ・学食』。二十歳の思い出がつまった場所だし、恩返しをしたくて」。佐藤教授からのパン購入の呼びかけに、約三十人の学生が補助を利用したという。
 創業者の妻で、大女将(おかみ)の節子(みさこ)さん(92)は「つぶれなくてよかった。(亡夫から)富士ベーカリーの名前は残してくれ、って言われていたから」と語る。市内の学校給食でパン食が年々減っている事情もあり、直売は今後も続けるという。
 直売に挑戦してよかったこととは−。最後にそう尋ねると、三代目の妻歩由(あゆ)さん(33)は「ここがパン屋だ、と知ってもらえたことかな」とほおを緩めた。
 文と写真・石川修巳
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