ALS患者の「苦しみ」受け止める 患者の意思、共に探る

2020年8月25日 07時35分

入所患者の胃ろうを交換する伊藤さん。患者に通院の負担をかけないよう、措置の手技を覚えた=名古屋市で

 ALS患者の「生きる苦しみ」は多岐にわたる。意識や感覚は鮮明なのに、体の自由だけが徐々に奪われる。それに伴い家族の介護負担は増していく。人工呼吸器を装着すれば数年から十年以上生きられるが、治すすべのない過酷な病だからこそ「早く死にたい」と意思表示をする人も多い。
 積極的に生を絶つ「安楽死」は、日本では一般的に認められていない。今回の事件で医師二人は、女性患者の依頼で薬剤を投与、殺害したとして、嘱託殺人の罪で起訴された。
 一九九一年、東海大病院で医師が末期がん患者に薬物を注射した安楽死事件の判決で、横浜地裁は安楽死が許容される四要件=表=を挙げた。女性と面識もない医師による今回は当てはまらない。
 患者の思いはその時々で揺れる。「死にたい」は、本当の意思と言えるのか。医療現場では近年、患者の体や心の痛みを和らげる緩和ケアが積極的に導入されている。ALS患者も二〇一一年から、呼吸の苦しさを和らげようとモルヒネの使用が保険適用になった。
 ただ日本ではこれまで、緩和ケアはがん医療の分野が中心。ALSなど発症がまれで、長期の療養が必要な神経難病は、専門医が少ないこともあってケアの提供が遅れていた。在宅医療の分野でも関心を持つ医師は一部で、置き去りにされがちだった。
 ななみの家や名古屋市内の在宅のALS患者十数人を訪問診療する内科・心療内科医、伊藤義浩さん(44)=ココカラハートクリニック院長=は、傾聴の大切さを強調する。人工呼吸器や胃ろうを付ける段階で「死にたい」と訴える患者は多いが、理由を丁寧に聴き、つらさをしっかり受けとめる。「死にたいは間違い、ということではない。家族の思いはどうか、他の選択肢はないか時間をかけて考えてもらう」と言う。
 長く関わっている訪問看護師やヘルパーらケアチームからの情報も重要という。その際、注意を払う点の一つが、本人の精神状態だ。うつ状態に陥っている人も少なくなく「薬の治療で前向きになれば、拒んでいた人工呼吸器の装着を選ぶ場合もある」。
 同じ病を患う人がともに住むななみの家は、患者と接する技術の高いスタッフや、人工呼吸器を付けて意欲的に生きる患者仲間がいる。「こんな生き方があるんだ」と気持ちを上向かせる効果は大きいという。
 法律の定めはないが「安楽死」と異なる概念として挙げられるのが「尊厳死」だ。会員十万人以上の公益財団法人日本尊厳死協会は、延命治療拒否を「リビングウイル(意思表明書)」に示した上で、延命治療を控え、十分な緩和ケアを受けて自然な死を迎えることを「尊厳死」と定義する。これは、患者と医師らが話し合いを重ね、本人が望む終末期ケアを前もって文書化する「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の考え方に近い。ACPは国も普及を進める。
 京都の事件を受け、伊藤さんは「今回の行為は医療倫理を逸脱していて論外」と指摘。ただ、安楽死を一概に否定する気はない。一度装着した人工呼吸器の取り外しを含め、医療チームと患者、家族の十分な合意をもとに、判断できる仕組みがあってもいいのではないかと考える。
 事件後、インターネット上では安楽死の合法化を求める意見も見られる。これに対し「安易な合法化ではなく、ALSのケアの在り方と合わせ、丁寧な議論をしてほしい」と釘(くぎ)を刺す。

◆医師による安楽死が許容される4要件

 (1995年・横浜地裁判決から)
 1、患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる
 2、患者の死が避けられず、その死期が迫っている
 3、患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がない
 4、生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示がある

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