94年の歴史に幕を下ろす「としまえん」の知られざる歴史 地元出身の記者が愛を込めて

2020年8月26日 17時02分

「94年の歴史展」の会場の壁に貼られたメッセージ=いずれも練馬区で

 ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの代から今の子どもたちにまで愛されてきた、練馬区の遊園地としまえん。31日で94年の歴史に幕を下ろす。同区出身の記者としては名残惜しまずにはいられない。時に自虐しながらも、新たな挑戦をしてきた愛すべき地元の宝。知られざる歴史を記念に残そう。地元で生まれ育った記者が、愛を込めてお伝えします。
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 八月下旬の猛暑日。事前予約制のチケットは完売だ。隣の板橋区から家族三人で訪れ、回転木馬のカルーセルエルドラドに並んでいた主婦阿部舞さん(43)は「遊園地はディズニーランドに行っちゃってたけど…ここはカルーセルがすごかったと思って」。
 ドイツで一九〇七年に製作され、米国を経て七一年に登場したエルドラド。としまえんの至宝だ。二〇一〇年には日本の機械遺産に認定。気になる閉園後は解体、保管され、目下、次の設置場所が検討されている。

としまえんのシンボル「カルーセルエルドラド」

 実はもう一つ、エルドラドと一緒にやって来た物が、四十九年間倉庫に眠っているという。幅八メートル、高さ三メートルほどの大きな自動オルガン。多くの部品が失われ、修復は断念したまま。「いつかどこかで、エルドラドと並べたい」と、開催中の歴史展でガイドを務める内田弘事業運営部長(65)は夢を語る。
 内田さんが入社したのは八一年。二年後に東京ディズニーランド開園を控え、社内は「激震」に見舞われていた。客離れ防止の秘策は「招待券の大量配布」。券入りの段ボール一箱が道に落ちている、と警察から連絡が入ったこともあるとか。「おかげで、お金を払っていくところじゃないというイメージが…後遺症が残りました」

完成間もないころの「流れるプール」(としまえん提供)

 夏はプールも名物。一九二九年に大小二つのプールができた際、小さなほうは「婦人用」だった。六五年、世界初の流れるプールの誕生は手探り。秋川渓谷で若手社員が川に入り、心地良い速さを調べ、落ち葉の流れで「秒速一メートル」に決めた。水が冷たいと評判だったのは、長らく井戸水を使っていたためらしい。
 八八年導入の三十一本のスライダー「ハイドロポリス」も世界最大級。「二万人が二十分で滑るには」を考え作った本数という。
 ガイドツアーに参加した練馬区の会社員河野晃子さんは「としまえんは練馬の誇り。アフリカ館が好きだったなあ」と寂しがる。六九年に三億円かけてできたアフリカ館は、当時では珍しく屋内を乗り物で巡るライド型アトラクション。九八年に姿を消す時は、ゾウの耳はちぎれ、音声解説のテープはしょっちゅう切れ、老朽化で限界がきていたという。最後に「さようなら、さようなら」と、無表情でぎこちなく手を振るフライトアテンダントの人形が懐かしい。

としまえんの歴史を説明する事業運営部長の内田弘さん(左)

◆開園翌年に駅も誕生

1960年代の豊島園駅(西武鉄道提供)

 西武鉄道の豊島園駅は、改札を出るとすぐ目の前がとしまえんの入り口。この駅も歴史は古く、としまえん開業の翌年、1927(昭和2)年に当時の武蔵野鉄道豊島線の豊島駅として誕生した。現在も練馬駅から1駅だけを結ぶ豊島線はこのころからあったのだ。6年後、駅名が「豊島園」に変わった。

現在の豊島園駅

 91年3月、西武鉄道で初めて自動改札が導入されたのは豊島園駅だった。同じ年に都営12号線(現大江戸線)が光が丘、練馬春日町、豊島園、練馬の4駅で開通する。2003年に温泉施設「庭の湯」が、翌04年にはシネマ・コンプレックスが駅前に開業し、遊園地以外の行楽客でもにぎわっていく。
 としまえんの閉園後、敷地の一部では映画「ハリー・ポッター」シリーズをテーマにした施設が23年にオープン予定。西武鉄道によると、豊島園駅も何らかの改修を施すという。

◆としまえん

 1926(大正15)年、実業家が所有地を「運動と園芸の奨励」で公開したのが始まり。この地を治めた豊島氏の居城跡から豊島園と命名。入園者数のピークは92年の約400万人、近年は100万人前後。東京都が段階的に公園へと整備するため、8月末で閉園する。
 ★1日均一料金で遊べるフリーパス。今では当たり前だが、日本で初めて取り入れたのはとしまえんだ。
 ★練馬区は1978年1月から、夏はプール用のロッカー室となる建物で成人式を開いてきた。来年以降の開催場所は検討中。
 ★エルドラドで結婚式を挙げたカップルは3組いる。1組目が内田さん夫婦。

◆編集後記

 子どものころの夏休み、毎週土曜日の夜に打ち上がる花火をベランダから見るのが楽しみだった。ドーンという音は光から十秒ほど遅れて聞こえ、音と光の速度の違いを学んだ。自転車でも遊びに行った身近な遊園地。ところどころ塗料のはげたアトラクションも今思えば味わい深い。歴史展の会場で集めているメッセージには「楽しかったよ」と感謝の文字があふれていた。ありがとう。さようなら。
 文・神谷円香/写真・由木直子

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