「先制攻撃能力」へ道 安保政策大転換の恐れ 抑止力向上か危険増大か

2020年8月27日 05時50分
 政府は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備を撤回したことを受け、敵基地攻撃能力の保有を含む安全保障政策見直しの検討を近く本格化させる。9月中に一定の結論を得る方針だ。相手国内の兵器を攻撃する能力を備えれば、抑止力の向上につながるとの考えだが、逆に周辺国に脅威を与え、緊張を高めかねない。「先制攻撃」が可能になる能力との見方もでき、専守防衛を堅持してきた日本の安保政策を大きく転換させる懸念も高まる。
 敵がミサイルを発射する前に拠点をたたく敵基地攻撃能力について政府は従来、憲法上は保有を認められるが、専守防衛の観点から政策判断として持たないとの立場を維持してきた。だが、地上イージス配備と入れ替わる形で政府・自民党内に保有論が台頭。安倍晋三首相は6月の記者会見で「新しい方向性を打ち出す」と安保政策を見直し、保有を視野に検討する意向を表明した。
 自民党は8月、首相の指示を受け、事実上の敵基地攻撃能力である「相手領域内で弾道ミサイルなどを阻止する能力」の保有を求める提言を政府に提出。北朝鮮や中国、ロシアが「従来のミサイル防衛システムを突破するような新しいミサイル開発を進めている」ことを理由に抑止力の向上が必要だと主張した。不規則な軌道を描く新型ミサイルなどは、地上イージスを含む日本の防衛システムでは迎撃できず、対応は「喫緊の課題」と位置づけている。
 相手国のミサイルを事前に破壊できる能力があれば、日本への攻撃を思いとどまらせることができる―。政府・自民党が保有の必要性を説く根拠だ。
 だが、相手国内への攻撃が可能になれば、相手側が日本を標的にする口実になり、かえって危険が増す懸念がある。敵基地攻撃は自衛の範囲内で、国際法が禁じる先制攻撃に当たらないというのが政府の解釈だが、周辺国が警戒感を強め、軍拡競争など緊張を高める恐れも否定できない。
 日米の軍事的一体化が加速する可能性もある。敵基地攻撃には、低軌道衛星など米軍の装備品が必要とされるからだ。自衛隊が攻撃能力を持てば、より主体的な任務を求められることも予想される。自民党の提言は、相手国の破壊に用いる兵器は持たず、装備品も最小限度に限るとするが、線引きは曖昧だ。
 安保政策上、敵基地攻撃能力の保有は地上イージスの配備に比べ、大転換へとつながる多くの論点を抱えるが、政府・自民党の国民への説明は十分とは言い難い。国民的議論は置き去りのままだ。(上野実輝彦)

◆防げぬミサイル、緊張緩和以外に日本の安全はない<柳沢協二さんのウオッチ安全保障>


 地上イージスの配備中止と敵基地攻撃論が、どうつながるのか。地上イージス中止の理由は、ブースターが近隣地域に落下するのを防ぐ改修に2000億円かかることだった。だが、代わりにイージス艦を2隻増やすなら3000億円かかる。敵基地攻撃には、ミサイルの位置とそれが攻撃態勢にあることを判断する情報が不可欠で、1基100億円の偵察衛星が何10基も必要になる。
 今やミサイルは、極超音速滑空弾の時代だ。イージス・システムでは撃ち落とせない。落とせないなら基地を破壊しようというのが、敵基地攻撃論だ。
 しかし、全ての基地を同時に破壊できなければ、残りのミサイルが確実に飛んでくる。ミサイルを巡る「矛」と「盾」の競争は、依然として攻撃優位だ。だから、ミサイルのつぶし合いになる。こうした状況は疑心暗鬼を招き、抑止を不安定化させる。
 米インド太平洋軍が3月に発表した「全領域作戦」では、中国を念頭に、グアムを守る統合ミサイル防衛と、日本・沖縄を含む第一列島線への精密攻撃ミサイル配備が示されている。ミサイル軍拡競争の激化が予想され、その米軍と一体化すれば、米中戦争に巻き込まれるリスクも高まる。
 専守防衛とは、相手に脅威を与えないことで戦争の動機をなくす戦略だ。その条件は大国関係の安定だ。ミサイルを防げない時代だからこそ、米中・米朝の緊張を緩和する以外、日本の安全はない。それを考えることが政治の第一の責務ではないか。(寄稿)

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