<尊厳ある生のために ALS「ななみの家」の挑戦>(下)心つながり、前を向く

2020年8月27日 07時16分

ALS患者に寄り添ってきたヘルパーの今田さん

 「く、る、し、か、っ、た」
 五年ほど前、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う人がともに暮らす名古屋市北区の施設「ななみの家」。ヘルパーの今田ゆかりさん(54)が「どうして、ここに来たの?」と尋ねた時のことだ。男性は、今田さんがかざす文字盤に書かれた五十音のひらがなを一文字ずつ目で追い、三回も繰り返した。「そんなに苦しかった?」と問うと、再び文字盤を追った。
 「く、る、し、か、な、か、っ、た」。来るしかなかった−。本当は、そう答えていた。
 「介助者が一番やってはいけないのが、気持ちを先読みすること」。申し訳なさでいっぱいになった。
 ヘルパーになったのは十五年ほど前だ。訪問相手が偶然ALS患者だったことから、この病気と関わるように。今では、世話をする四人全員がALS患者だ。
 そんな今田さんを、日本ALS協会前会長で、実業家としても活躍する岡部宏生(ひろき)さん(62)は「仙人ヘルパー」と評する。「まるで仙人のように患者の心の機微まで読み取るから」というのが、その理由だ。

ともにALS患者で親交を深めてきた飯島さん(左)と岡部さん=2019年9月、名古屋市北区の「ななみの家」で(いずれも今田さん提供)

 今田さんと、人工呼吸器を付けて東京都内で暮らす岡部さんの出会いは、愛知県内であった同協会の集まりだった。「患者さんに会いに来てください」と、ななみの家に誘うと、しばらくたった二〇一七年十一月、本当にやってきた。
 その時、顔を合わせた患者の一人が、飯島伸博さん(43)。岡部さんによると、患者には二通りある。一つは前向きに生きる患者の姿に刺激を受けるタイプ、もう一つは「自分は無理」などと落ち込むタイプだ。話したいことがあふれ出る飯島さんを前者と見抜いた岡部さんは、病気になる前の趣味がバイオリンだったと聞き、一年後にバイオリニストとともに再訪。ミニ演奏会を開いた。「何とかアクティブになってほしくて」と振り返る。
 当時、飯島さんは病気をなかなか受け入れられず、人前に出るのも嫌だった。しかし、病気を患いながらも、活動的で、さりげなく患者仲間を思いやる岡部さんは、殻を破る原動力になった。「あんなふうに生きたい」と思えた。
 その「憧れの人」との縁を結んでくれた今田さんの存在も大きい。介助者であるだけではない。二人で文字盤を暗号のように使って会話し、こっそり愚痴をこぼし合うことも。それほど心を許している。
 人と人がつながり、そこで紡がれた言葉が心を揺さぶることで人生は豊かさを増す。「自分にとっての尊厳とは、一人の人間として意思が相手にきちんと伝わり、理解してもらうこと」と飯島さんは言う。
 ただ、新型コロナウイルスを巡り、人と人の結びつきは危機にひんしている。飯島さんが楽しみにしていた岡部さんの自宅訪問は当面難しい。介護者不足も深刻さを増す。介護事業所を運営する岡部さんは「ヘルパーを募集しても、感染を恐れて人が集まらない」と患者の孤立を憂える。
 コロナが問題になって以降、感染者への中傷や差別が止まらない。攻撃性をあらわにする社会を見るにつけ「医療や介護の現場が逼迫(ひっぱく)すると『障害者はお荷物』という考えが広まるのではないか」と危惧する。
 社会の包容力が、今、問われている。
  (細川暁子)

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