<視点>安倍首相の信念ありきの敵基地攻撃能力の保有検討 政治部・上野実輝彦

2020年8月28日 09時27分
 安倍晋三首相が意欲を示す「敵基地攻撃能力」の保有に関する検討が近く、政府内で本格化する。地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備撤回に伴い、新たな安全保障政策を策定することが名目だが、唐突感は否めない。現場の要望の積み上げではなく、首相の信念が出発点になっているからだ。
 政府や自民党の議論で前提となっているのが、ミサイル技術を向上させる北朝鮮への対策の必要性だ。北朝鮮は不規則な軌道で低空飛行する新型ミサイルの開発を加速。日本の従来の防衛システムでは迎撃が難しく、発射実験の際は自衛隊のレーダーで航跡を捉えられなかったとされる。
 ただ、専門家の多くは北朝鮮が実際に日本を攻撃する可能性は高くないと分析する。仮に日本を攻撃して米国の反撃を招けば、自国の存亡にかかわるからだ。日本の安保にとっての脅威はむしろ、不透明な軍拡と東シナ海などへ海洋進出を図る中国だろう。
 だが、中国に対抗しうる敵基地攻撃能力を備えるには、膨大な予算と歳月が必要。国防費を過去20年間で10倍に増やしてきた中国に、軍拡競争で挑めば、地域の不安定化につながる。求められるのは軍縮に向けた対話と外交努力で、敵基地攻撃能力の保有は現実的とは言えない。
 にもかかわらず、なぜ唐突に議論を始め、性急に結論を出そうとするのか。敵基地攻撃能力の保有は首相の持論で、官房副長官だった2003年から検討すべきだと主張してきた。自らの信念の実現が優先され、現場の意見は反映されていないのが要因だ。
 似た例は過去にもある。18年改定の防衛大綱に盛り込んだ「いずも」型護衛艦を事実上の空母化するための改修は、当時の防衛相が「自衛隊の要請があったわけではない」と認めた。政府はその後、甲板に搭載する戦闘機F35Bを米国から購入すると決定。首相がトランプ米大統領に約束した米国製兵器の購入ありきの対応と批判された。
 米国製兵器購入の一環である地上イージスも同じ。首相に近い防衛相らのトップダウンで購入が決まったとされ、幹部自衛官は「現場の議論の積み上げがなく、買ってから使い方を考えるという本末転倒だ」と漏らした。陸海空の各自衛隊はどこが運用するかを巡って押しつけ合った。
 官邸が政策を主導するメリットもあるだろう。省益や政治的な利害にとらわれず、総合的で素早い判断は可能だ。その半面、判断を誤り国や国民の利益を損なう危険性とは常に隣り合わせとなる。
 そうならないためには情報を開示し、国会などで議論を交わし、国民や国際社会の理解を深めていくことが必要だ。首相には多様な声に耳を傾ける姿勢が決定的に欠けている。敵基地攻撃能力の保有を検討するなら、必要性や実現可能性、問題点を丁寧に説明することから始めるべきだ。

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