内海桂子さん死去 「浅草で若手育てた」 東洋館・松倉社長悼む

2020年8月29日 07時00分

昨年1月、浅草公会堂の舞台で若手芸人に囲まれる内海桂子さん(左から2番目)

 二十八日に死去が報じられた漫才協会名誉会長の内海桂子さん=享年(97)=は、浅草寺(台東区)北側の竜泉に住み、浅草六区にある色物の演芸場「東洋館」(浅草一)に晩年も出演し続けた。東洋館を運営する東洋興業の松倉由幸社長(57)は、「東京漫才の次世代を育ててくれた」とその功績を語る。 (井上幸一)
 漫才コンビ「内海桂子・好江」で人気を呼んだ桂子さんは、相方の好江さんが九七年に死去した後も、三味線を手に漫談を演じていた。東洋館での最後の舞台は今年一月十九日。二月にも出演予定だったが、体調不良のためか出演していない。
 松倉社長は「二〇〇〇年に色物(落語や講談以外)中心の東洋館を立ち上げた際、漫才協団の会長として快く定期公演を引き受けてくれた。そこから『ナイツ』をはじめ、若手が育っていった。巨星は落ちてしまったが、大変な財産を残してくれた」と感謝の言葉が尽きない。
 芸人としては「さっぱりした江戸っ子気質。厳しいことを言った人にも、次の日はカラッと接していた」と回想。「晩年の漫談の舞台でも、若手を一緒の舞台に上げていた。いつも掛け合いの面白さがあった」と、最後まで漫才の味を大切にした芸をしのんだ。
 桂子さんは、昨年一月の浅草公会堂(浅草一)での公演「内海桂子と名人芸」に出演する際、江東区内で本紙の事前インタビューに応じている。その際、「地方から上京した、いろんな人たちが集まったのが浅草。浅草の人は『誰でもおいで』という度量があり、人情に厚い」と浅草愛を語っていた。

浅草六区通りに掲げられている、内海桂子さんと好江さんの写真。桂子さんは最後まで浅草芸人であり続けた=いずれも台東区で


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